毎回、長文になってしまいますが、中年の独り言だと思っていただけるとありがたいです。どうかご勘弁ください。
これまで書いてきたことがかなり溜まってきてしまいました。後が詰まってきたので、これからしばらくの間、毎日更新していければと思います。もし興味がございましたら、ご一読いただき、ご批判などいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。 三代
殺虫剤抵抗性のメカニズム
ここで、昆虫が殺虫剤に対して抵抗性となるメカニズムについて、簡単に説明したいと思います。一般に殺虫剤は、食物とともに口から混入し、あるいは、接触して皮膚から昆虫の体内に浸透し、様々な代謝酵素による解毒作用をくぐり抜けて、通常は神経系に存在している、生命活動を維持する上で決定的に重要な役割を果たしている標的分子と相互作用することによって、その毒性効果を引き起こすと考えられています。それゆえ昆虫は、3つのレベルにおいて殺虫剤抵抗性のメカニズムを進化させることが潜在的に可能であると考えられます。すなわち、(1)殺虫剤のターゲットである標的分子そのものが突然変異してしまい、殺虫剤に対する標的分子の感受性が低下してしまう、(2)代謝酵素による解毒作用が増大し、標的分子に到達する前に殺虫剤が解毒・分解されてしまう、(3)皮膚の性質が変化して殺虫剤の透過性が低下する、あるいは、昆虫の行動が変化して殺虫剤に対する接触の機会が減少する、などによって、殺虫剤の標的分子が殺虫剤に暴露される機会が減少する、などが考えられます。近年、遺伝子そのものを直接解析したり、酵素などの遺伝子の産物を解析したりする分子遺伝学的手法が目覚ましい発展を遂げていますが、それによってこれらの殺虫剤抵抗性の主要なメカニズムに寄与するいくつかの抵抗性因子が同定され、それらを特徴付けることが可能になってきました。
殺虫剤抵抗性に寄与している主要なメカニズムの一つは、殺虫剤に対する標的分子の感受性を低下させる点突然変異によるものです。簡単に言ってしまうと、殺虫剤はタンパク質である標的分子にくっついて、標的分子の本来の仕事をさせないことによって殺虫活性を発揮します。しかし、標的分子を構成している特定のアミノ酸の一部が突然変異してしまうと、標的分子の構造や性質が変化してしまい、殺虫剤があまりくっつけなくなってしまいます。そうなると、殺虫剤としての活性が低下してしまい、変異型の標的分子を有する昆虫個体はその殺虫剤に抵抗性となってしまいます。このような殺虫剤に対する標的分子の感受性を低下させる点突然変異は、DDTやピレスロイド剤という殺虫剤の標的分子であり、神経の興奮の伝導に関与している電位依存性ナトリウムチャネル、有機リン剤(OP)やカーバメイト剤という殺虫剤の標的分子であり、神経細胞間の情報の伝達に関与しているアセチルコリンエステラーゼ(AChE)などにおいて、実際に明らかにされてきました。他の主要なメカニズムは、殺虫剤を解毒・分解する酵素の活性の増大によってもたらされます。解毒分解酵素の活性の増大は、酵素をコードしている遺伝子が増加し、酵素自体は同じですがその量が増大する場合(遺伝子増幅)、調節遺伝子が変異し、酵素自体は同じですがその量が増大する場合(過剰発現)、あるいは、性質が変化し、増大した活性を持つ酵素に変異してしまう場合(コーディング・シークエンスの変異)などを含む多くの分子的メカニズムによって引き起こされる可能性があります。解毒活性の上昇は、シトクロームP450モノオキシゲナーゼ(シトクロームP450)、エステラーゼ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼなどのような解毒分解酵素においておこってきたことが明らかにされています。
このように、一口に殺虫剤抵抗性と言っても、様々なメカニズムが存在し、同じ殺虫剤に対しても、昆虫は潜在的に複数のレベルで抵抗性を発達させる可能性があるわけです。
本文の中で述べられているような、殺虫剤が標的分子に到達するまでに乗り越えなければならないバリアと、潜在的に抵抗性が発達しうるレベル