殺虫剤抵抗性の発達過程=抵抗性遺伝子の選択過程
殺虫剤が害虫の防除に用いられるようになったはじめの頃には、殺虫剤はとても効果的でしたが、次第にその効果が見られなくなっていきました(斎藤ら、1986)。このように、殺虫剤を散布してもその効果が見られず、害虫がだんだんと死ななくなっていく現象が殺虫剤抵抗性の発達です。その発達のメカニズムについては、この現象が観察され、研究が盛んに行われはじめた当初は論争も見られましたが、現在では一般に、以下のようなコンセンサスが得られています。すなわち、昆虫の集団内にはもともと、突然変異によってごく稀に抵抗性遺伝子を持った個体が存在しており、殺虫剤が散布されると、抵抗性遺伝子を持たない、殺虫剤に対して感受性である個体は死亡し、抵抗性遺伝子を持つ個体がより高い確率で生き残り、生き残った個体同士で繁殖し子孫を残していくために、抵抗性遺伝子が集団内において頻度を上昇させ集積していくことにより、抵抗性遺伝子を有する個体の頻度が集団の中で増えていき、殺虫剤が効かなくなっていくというわけです。
そもそも、私たちが野外において殺虫剤を散布する目的は、害虫集団のうちのある一定の割合の個体を殺すことによって、その集団密度を減少させることにあるので、抵抗性因子を保有する個体と保有していない個体との間で生存率が異なる結果、昆虫集団が殺虫剤に対して抵抗性を発達させるのは、私たちが殺虫剤を散布することの不可避的な帰結であるということができると思います。殺虫剤抵抗性を初めて報告したとされる“Can Insects Become Resistant to Sprays?”(昆虫はスプレーに対して抵抗性となることができるだろうか?)と題する論文が、Journal of Economic Entomology誌に100年以上前に発表されて以来(Melander, 1914)、遺伝学的な基礎を持つ抵抗性の発達がこれまで記録されてきました(Crow, 1957)。今日までに、用いられているほぼ全ての化学薬品に対する抵抗性が、多くの害虫集団において発達しています(Roush and McKenzie, 1987)。
このように、殺虫剤抵抗性の発達過程は、殺虫剤に対する抵抗性因子を保有している個体と抵抗性因子を持たない個体との間で、殺虫剤がふるいにかけるプロセスとして描写することができ、殺虫剤抵抗性の発達過程を、抵抗性の遺伝的変異に対して、殺虫剤が選択圧として作用している過程と捉えることができます。最近の高校の生物の教科書や参考書では、進化とは“集団内において遺伝子頻度が変化していく過程”として定義されているようなので、殺虫剤抵抗性の発達過程は、まさに昆虫集団における進化プロセスとして考えることができます。先にも述べたように、殺虫剤抵抗性が最初に報告されてからせいぜい100年くらいですが、私たちと同時進行している昆虫集団の進化プロセスとして、実際に私たちが目の当たりにすることができる、まさに進化の証拠と言えるわけです。