修士論文
手法的には拙いところもあったとは思いますが、集団遺伝学や量的遺伝学を多少意識しながら、大学院で行なった研究を修士論文としてまとめました。Crowの論文を最初に引用するパターンは、以後の私の論文においてもしばしば用いられているパターンとなっています。修士論文をそのままここで引用するわけにもいかないのですが、修士課程の終わり頃に行われた修士論文発表会の要旨集が手元に残っていたので、そこに掲載されていた私の発表論文の要旨をここで引用しておきたいと思います。ちなみに、千葉大学大学院園芸学研究科環境緑地学専攻の平成4年度修士論文発表会は1993年2月8日(月)に行われました。
11.殺虫剤抵抗性の不安定性に関する研究、特に飼育密度と温度の影響について
環境生物学研究室 三代 隆洋
【目的】
Crow (1957)は、①抵抗性遺伝子がHomozygousである、②抵抗性遺伝子が他の適応度を高める遺伝子と連鎖している、③抵抗性遺伝子が選択に対して中立である、場合に抵抗性レベルは安定であると述べている。しかし現実には、殺虫剤による選択(淘汰)を長年繰り返して確立した抵抗性個体群を、実験室内で飼育していると、抵抗性レベルが低下する場合があることがこれまでしばしば観察されてきた。特にモモアカアブラムシについては、E4と呼ばれるカルボキシルエステラーゼ活性の増大が抵抗性の主要メカニズムであることが明らかにされているが、最近本酵素活性の発現には飼育密度が影響を及ぼしていることが報告された。また、E4活性の高いクローンでは高温(28℃)条件下でF1の発育が阻害され、温度と抵抗性の関係が示唆された。そこで本研究では、先ず数種昆虫を用いて飼育密度と殺虫剤抵抗性の不安定性の関係について検討した。また、モモアカアブラムシについては、高温条件下におけるF1の発育阻害には幼若ホルモン(JH)濃度の変化が関与しているかもしれないという仮説に基き、JH分解活性についてクローン間で比較を行った。
【材料および方法】
1.ピレスロイド剤抵抗性コナガとして鹿児島県産の個体群を供試し、密度を常に3段階(100頭、50頭、10頭)に維持してF4世代まで飼育した。各世代の4令幼虫のフェンバレレートに対する感受性を測定しLD50値を算出した。同様に、幼虫飼育密度を3段階(卵300個、100個、30個)に分けてF2世代まで飼育した場合の4令幼虫のLD50値を比較した。
2.千葉県産のカーバメイト剤抵抗性ハスモンヨトウ個体群を供試し、孵化直後の1令幼虫を3段階の密度(300頭、100頭、30頭)に分けて飼育し、3令幼虫の段階でメソミルに対する感受性を検定し、LD50値を算出した。
3.モモアカアブラムシの抵抗性クローンとしてF-33(核型異常、E4活性高い)と油日(核型正常、FE4活性高い)を、感受性クローンとしてF-2を供試しJHのin vitro分解活性を28℃で比較した。酵素液としては、無し胎生雌成虫のホモジネート(100♀/ml)の1万×g上清、10万×g沈殿(ミクロゾーム)、10万×g上清(可溶性画分)を用い、基質には3H-JH III(Spc. act. 17.0 Ci/mmol)を用いた。28℃で2時間反応後、メタノールを加えて反応を止め、分解物と未分解物をTLCで分離し、液体シンチレーションカウンターで放射活性を測定した。
4.モモアカアブラムシ3クローンのJH III Epoxide hydrolase活性に及ぼす反応温度の影響を調べた。エステラーゼ阻害剤K-1でエステラーゼ活性を阻害したミクロゾームと3H-JH IIIを19℃、25℃、28℃、30℃、35℃で2時間反応後、Roe et al.(1988)の方法に準じて、メタノール/イソオクタンで分配し、JH III Epoxide hydrolase活性を測定した。
【結果ならびに考察】
コナガの成虫密度と幼虫のLD50ならびにLD50の分散との関係は、図1と図2に示した。F4世代については、高密度区ほどLD50が小さく、分散が大きい傾向がみられたが、それ以前の世代については必ずしも有意な一定の傾向はみられなかった。従って高密度が直接抵抗性の不安定性の原因となったのではなく、10頭区では小集団においてよく観察される近親交配や遺伝的浮動などの要因により、抵抗性遺伝子が固定した可能性があるのに対し、100頭区ではヘテロ接合体が増大した可能性があり、集団の大きさが抵抗性の変動に大きく影響することを示唆した。コナガの幼虫密度とLD50の関係は表1に、ハスモンヨトウの幼虫密度とLD50の関係は表2に示した。LD50は密度区間及び世代間で若干変動したが、高密度が不安定性をもたらすことを示唆する一定の傾向はみられなかった。モモアカアブラムシの28℃におけるJHのin vitro分解活性は、可溶性画分に存在するEsteraseとミクロゾームに存在するEpoxide hydrolaseによることがわかった(表3~5)。Esterase活性は油日クローンとF-33クローンの両方が高いのに対し、Epoxide hydrolase活性はF-33クローンだけが高かった。各反応温度におけるJH III Epoxide hydrolase活性をクローン間で比較したところ、いずれの温度においてもF-33クローンにのみ活性が見られた(表6)。従って、Epoxide hydrolase活性とF-33クローンのF1の発育阻害との間になんらかの関係が想像されるが、発育阻害がin vitroでは28℃という臨界温度において見られることとの関係は不明である。
もう30年近く前の修士論文発表会のときの要旨集です。同期の大学院生で、まだ持っている人はいないかもしれないので、ある意味、とても貴重なものかもしれません。懐かしい名前もあり、ちょっとセンチメンタルになりました。 三代