殺虫剤薬理学(Toxicology of Insecticides)
この授業では、殺虫剤の薬理学を中心に、実際に発表されていた研究論文の結果を交えながら、とても密度の濃い授業が展開されました。授業の内容自体は、千葉大の大学院時代の指導教官の専門領域に近かったのだろうと思いますが、言葉の問題もあって、とても苦労した授業でした。一生懸命勉強していたつもりだったのですが、なかなか頭に入らず、とてもつらい思いをすることが多い授業でした。
この授業では、ものすごい範囲の領域を、ものすごい早さで進んでいきました。セメスター(半期)の中で5回ほど中間・期末テストがあり、その得点とレポートなどの課題によって成績が決定されたと思います。私を含めて、アメリカで大学院に進学してくるような人は皆、人よりもいい成績を取ってやろうと思っていただろうと思います。みんな、とても野心的に見えました。この授業では、最初のテストはとても簡単で、確か私も100点を取ったと思います。でもそれは最初だけでした。多分、この授業は安パイだと思わせるための先生の策略であり、わざと簡単な問題を出していたのだろうと思います。その策略に私はまんまとはまってしまい、この授業は簡単だと思って油断していたら、2回目のテストでは惨憺たる結果でした。私を含めてみんな、A(テストで平均90点以上)という評価を目指して頑張っているのですが、3回目、4回目とテストの回を重ねるたびに、自分のテストの平均点が徐々に下がっていき、最終回のテストを待たずにAが取れないことが判明して、いたたまれないような、大学院生としてとてもやるせない思いを味わいました。周りのクラスメイトたちも、同じような思いを抱きながら勉強していたのだろうと思います。先生からも、“潰してやる”というくらいのプレッシャーを感じながら、授業を受けていました。結局、Aは取れなかったのですが、なんとかB評価(平均80~ 89点)で踏みとどまり、落第することなく、そして何よりもアシスタントシップを失わずにすみました。
この授業を受けていたセメスターの間、ずっと鬱屈した思いを抱きながら過ごしてきましたが、最後の授業が終わったあと、先生がみんなをパブのような酒場に飲みにつれて行ってくれました。この授業を受けていたクラスメイトは、私を含めて数人でした。この時の開放感といったらなかったと思います。最初のうちは、このままではAを取れないというプレッシャーと戦い、そのうちに、このままではBを取れなくなってしまうというプレッシャーになり、しまいには、このままでは落第してしまうという、かなり悲痛な思いを抱きながら勉強してきたのでした。成績はどうであれ、そのような不安からもやっと解放されたと思うと、心の底から嬉しくなり、ビールもとても美味しかっただろうと思います。
アメリカの大学生や大学院生は、学期中は青白い顔をしながら一生懸命に勉強に励み、試験が終わると馬鹿騒ぎをすると聞いていましたが、私も実際にそのような経験をして、そのアメリカ人学生たちの気持ちも納得することができました。夢の中で自分がワンワン泣いているような、そんな追い詰められた切羽詰まった夢を見たこともあります。アメリカで親しい友人もおらず、本当に心細い苦しい期間でした。でもこれがアメリカの大学院なのだと実感することができた授業でした。
殺虫剤薬理学の授業で渡された授業用のプリント。悪夢にうなされることもありました。でも、私だけではなく、学生はみんな、そんな思いをしながら勉強していたのだろうと思います。
三代