デラウェア大学修士課程修了
いやらしい言い方ですが、私自身の成績証明書によれば、私は1994年の秋学期からデラウェア大学の修士課程に在籍し、修了したのは1997年の春学期となっています。なので、記録上は3年間デラウェア大学の大学院に在籍していたことになります。あとで述べますように、私は、デラウェア大学での研究を終えた後、日本に帰国し、筑波大学の博士課程に進学しました。筑波大学大学院の入学が1997年4月なのですが、デラウェア大学から修士課程の修了証が発行されたのは、記録上は1997年の5月31日になります。つまり、履歴書に記入するうえでは、筑波大学に4月に入学したあとに、デラウェア大学を修了することになってしまうので、就職活動やバイトの面接の際に履歴書を提出するたびに、ここはおかしいのではないかと突っ込まれ、説明をしなければなりませんでした。日本の場合には、ほとんどの学校が4月から始まりますが、一方アメリカの場合には、秋から始まることが多いとは思いますが、春から入学してくる学生もいないことはないので、学期については、かなりフレキシブルな印象があります。アメリカと日本の教育システム、特に学期制の違いによるものなのだろうと思いますが、なぜこのようなことが起こってしまうのかについて、ここで少し詳しく説明しておきたいと思います。
デラウェア大学の昆虫学科の修士課程は、一般的には2年間で修了する課程です。私はそこに、通常よりも1年間長く、3年間在籍したことになります。最初のセメスターは私費留学生としてでしたが、あとの2年間はアシスタントシップをとり、授業料全額免除で、さらに毎月給付を受けていました。最後のセメスターは2年以上ということで、アシスタントシップも打ち切られてしまったので、高い授業料を納めるかわりに、マスター・ステイタス・サステイニングといって、数万円支払って大学院に籍だけ置いておいて、大学院を修了するのに必要な要件を満たす期間としていました。このマスター・ステイタス・サステイニングというシステムは、恐らく日本には馴染みがない制度だと思うので、ここのところは少し説明が必要なのだろうと思います。
デラウェア大学で修士号を取得するためには、必要とされる授業の単位数を満たすことのほかに、さらに修士論文を提出すること、修士論文を発表しディフェンスする(質疑応答に応える)こと、口頭(オーラル)試験に合格すること、昆虫同定試験にパスすること、などの要件をクリアしなければなりませんでした。私はデラウェア大学に記録上は3年間在籍していたと上で述べましたが、まず必要とされていた授業の単位数は、最初の1年半(3学期分)ですべて取ってしまっており、あとは修士論文のための実験をしたり修士論文をまとめたりしていました。通常は2年間で修了するところを、私は修士論文のための実験で苦労してしまったので、修了が延び延びになっていました。通常は2年間の課程なので、アシスタントシップも2年間で打ち切られてしまったあとは、マスター・ステイタス・サステイニングを使って、数万円を支払って大学院に籍だけ置かせてもらいました。その間に修士論文を完成させ、修士論文を提出した時点で、すべての修了要件が満たされることになり、あとは何もやることがなくなってしまうわけです。なので、筑波大学の大学院の入学式に間に合うように、3月下旬に日本に帰国したのではなかったかと思います。つまり、大学院に籍だけ置かせてもらっていた間に、すべての修了要件を終わらせて日本に帰国したのでした。アメリカの大学や大学院の卒業式や修了式は、卒業生はみんなマントを羽織り、独特の帽子をかぶって、式の最後にみんなで帽子を放り投げるといったような、とても感動的な印象があったので、私自身とても憧れており、ぜひ出席したかったのですが、すでに日本に帰国し、筑波大学での研究が始まってしまっていたので、残念ではありましたが、出席することはできませんでした。修了証は、デラウェア大学の指導教官に郵送してもらいました。
アメリカの大学院には、純粋な学生ばかりではなく、企業で働きながら大学院で学んでいる人も少なくありません。仕事が忙しくて、学業に打ち込む時間をなかなか取れないときなどには、マスター・ステイタス・サステイニングという制度を使って大学院に籍だけ置いておいて、時間的な余裕があるときに修士論文をまとめたり、昆虫同定試験のような大学院修了のための必要要件を満たしていったりするということが、一般的に行われているようです。日本でも、社会人として働きながら大学院に通っている人が増えてきているようですが、働きながら勉強することは、なかなか困難なことだろうと思います。学期制のことなども含めて、日本の学校制度も学生の立場に立って、アメリカの大学のようにもう少しフレキシブルになれないものかといつも思ってしまいます。
私も最後のセメスターでこのマスター・ステイタス・サステイニングという制度を使い、修士論文の提出が終わった時点で、デラウェア大学昆虫学科の修士課程修了に必要なすべての要件を満たすことができ、筑波大学大学院の入学式に間に合うように、3月下旬に帰国しました。バタバタとしてしまい、あまり感慨などなかったのですが、日本に送られてきたデラウェア大学の修了証を、当時病気で入院していた祖母に見せに行きました。アメリカ滞在中は、祖母にもなかなか顔を見せることもできませんでしたが、アメリカまで行って大変な思いをして授与された修了証だっただけに、祖母も喜んでくれていたことを願うばかりです。
日本に帰国してから、入院していた祖母にこの修了証を見せにいきました。祖母にしてみれば、そんな遠くにいかなくても、と思っていただろうと思います。病気だった祖母に寄り添うことができなかったことは、私の人生における痛恨事です。三代