· 

勝沼集団に由来する有機リン剤に対する抵抗性系統と感受性系統

勝沼集団に由来する有機リン剤に対する抵抗性系統と感受性系統

 

 先ほど、1雌由来系統を用いたアプローチは、それぞれの系統で得られた死亡率データを、採集された季節ごとの集団で集計して、集団全体として分析することができるとともに、個々の系統を詳しく調べていくことによって、例えば個々の抵抗性遺伝子についても詳しく研究することが可能であると述べました。前節で述べた有機リン剤感受性にみられた季節的変動は、それぞれの集団について、その集団から作製した1雌由来系統の間の平均値において観察されたので、いわば集団の遺伝的変異のレベルでの分析ということになります。そこで観察された季節的変動をさらに詳しく調べるためには、その集団の中の個々の1雌由来系統を調べることによって、その遺伝的基礎についても洞察を得ることができます。

 

 例えば、ある集団について、1雌由来系統を100系統作製したとします。確かに、その100系統すべてを詳細に調べることができれば、キイロショウジョウバエ自然集団の遺伝的構造を、かなり詳細に明確にすることができるだろうと思います。しかし残念ながら、勝沼集団の殺虫剤抵抗性に関するいかなる情報もなかったこの時点において、全ての系統を詳細に分析することは、これから述べていきますように、時間的にも、金銭的にも、そして何よりも、私という労働力という観点からも、それは現実的ではありませんでした。そこで、それぞれの1雌由来系統について、それぞれの有機リン剤1濃度のもとで行なった上述の殺虫試験の結果に基づいて、3つの有機リン剤に対して特に低い死亡率を示した系統を抵抗性系統、3つの有機リン剤に対して特に高い死亡率を示した系統を感受性系統としていくつか選び出し、これらについて詳細に分析することにしました。

 

 なんらかの抵抗性遺伝子だけを詳細に分析したいのであれば、得られた1つの抵抗性系統を詳細に調べれば済むのかもしれないのですが、私たちは勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団における抵抗性の遺伝的変異のダイナミクスを調べようとしていたのでした。それゆえ理想的には、できるだけ多くの系統を調べる必要があるのだろうと思います。しかし、このように詳細に調べることができる系統の数が限られてしまう場合、集団全体をまとめて分析することが不可欠になるのだろうと思いますし、個々の系統の分析と集団全体の分析をお互いが補い合い、相補させる必要があるのだろうと思います。

 

 1雌由来系統についての殺虫試験の結果に基づき、抵抗性系統として特に#609#1465、そして感受性系統として#451を選び、さらなる遺伝学的解析のために、近親交配を繰り返すことによって系統内の変異をできるだけなくした近交系統を確立しました(Miyo et al., 2001)。野外から採集された雌に由来する感受性系統は、感受性系統として一般的に用いられている実験室標準系統よりもわずかに抵抗性レベルが高いかもしれなかったのですが、実験室標準系統を感受性系統として用いるのではなく、勝沼に由来する感受性系統を用いるべきであると考えました。なぜならば、私たちは勝沼集団における有機リン剤感受性の遺伝的変異のダイナミクスを解明しようと試みたので、実際に勝沼から採集された個体に由来する系統を用いる必要があるためです。通常の一般的な研究で感受性系統として用いられている実験室標準系統は、実際に勝沼集団には存在するものではないので、勝沼での感受性の遺伝子型を代表させることはできないと考えたからです。

 

 これらの系統を用いて抵抗性系統と感受性系統との間で交配し、得られた子孫を用いて殺虫試験を行うことによって、それぞれの系統の有機リン剤に対する抵抗性に関する遺伝学的特性について調べてみたところ、採集された勝沼の自然集団から選び出した抵抗性系統は、3つの有機リン剤に対して異なる特徴を持っていることがわかりました。それぞれの系統は、もともとは採集された勝沼集団に存在していた個々の雌に由来しているので、有機リン剤に対して異なる抵抗性の特性を有する複数の系統が得られたということは、勝沼集団は均質な集団ではなく、複数の抵抗性の遺伝子型が混在していたことを示唆しています。勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団には、試験した3つの有機リン剤に対する感受性に相関がみられることを先の論文において報告していましたが、これらの抵抗性系統を詳細に検討していくことによって、その相関の遺伝学的な基礎を明らかにすることができます。さらに、勝沼集団で観察された3つの有機リン剤に対する感受性にみられた季節的変動の遺伝学的基礎についても洞察が得られる期待があります。

 

投稿論文の要旨

ここまでの結果をまとめた論文の要旨を以下に掲げておきます。原文は英文ですが、和訳してあります。

 

キイロショウジョウバエ(双翅目ショウジョウバエ科)の自然集団における5つの殺虫剤に対する反応の遺伝的変異とそれらの間の相関

 

T. Miyo, H. Takamori, Y.Kono, and Y. Oguma

Journal of Economic Entomology (2001) 94(1): 223-232.

 

要旨

殺虫剤に対する交差抵抗性の遺伝的基礎を調べるために、キイロショウジョウバエの自然集団を、まず日本の4つの異なる地点から採集した。それぞれの集団の1雌由来系統を、実験室において1080系統確立したのち、殺虫剤パーメスリン、マラチオン、フェニトロチオン、プロチオフォス、DDTのそれぞれに対するそれぞれの系統の感受性を検定した。すべての殺虫剤に対して、感受性に幅の広い連続的な変異が、それぞれの自然集団全体において観察された。加えて、有機リン剤に対する反応の間に、高度に有意な相関が観察された。しかしながら、決定係数に基づくと、一つの殺虫剤に対する反応における変異のおよそ半分以下しか、もう一方の殺虫剤に対する反応の変異によって説明することができず、共通の抵抗性因子だけでなく、他の殺虫剤に対する抵抗性因子も自然集団に含まれている可能性を示唆している。同じ自然集団に由来する抵抗性と感受性の近交系統を用いた遺伝学的解析は、いくつかの抵抗性系統における有機リン剤に対する抵抗性が、単一もしくは密接に連鎖した因子によるものであり、他の系統における抵抗性は1つ以上の主働因子によるものであるかもしれないことを明らかにした。これらの観察は、それぞれの自然集団内に、いくつかの抵抗性因子が含まれており、主働因子のいくつかが有機リン剤に対する抵抗性の間の相関に寄与している可能性を示唆しうる。そして、これらの主働因子は、集団レベルにおいて観察された幅の広い連続的な変異に寄与していると考えられる。