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有機リン剤抵抗性の季節的変動の遺伝的基礎(2)投稿論文の要旨

投稿論文の要旨

 ここまで得られた結果について論文にまとめました。原文は英語ですが、日本語に翻訳した論文の要旨を以下に掲げておきます。

 

キイロショウジョウバエ(双翅目ショウジョウバエ科)自然集団における3つの有機リン剤に対する抵抗性と産仔生産力との間の負の相関

 

Takahiro Miyo and Yuzuru Oguma

Journal of Economic Entomology (2002) 95(6): 1229-1238.

 

要旨

有機リン剤に対する抵抗性と適応度成分との間の関係を調べるために、我々はまず、キイロショウジョウバエの同じ自然集団に由来する1雌由来系統のそれぞれについて、3つの有機リン剤、マラチオン、プロチオフォス、フェニトロチオンに対する抵抗性と適応度成分の1つの尺度である産仔生産力を測定した。ピアソン相関係数は、有機リン剤に対する抵抗性の間の正の相関と、有機リン剤のそれぞれに対する抵抗性と産仔生産力との間の負の相関が、この自然集団に存在することを明らかにした。我々はさらに、同じ自然集団から確立した抵抗性と感受性の近交系統の間で作成した染色体置換系統を用いることによって、有機リン剤に対する抵抗性と産仔生産力との間の相関の遺伝的基礎を調べた。染色体分析は、この抵抗性系統の第3染色体が、テストしたすべての有機リン剤に対する抵抗性に有意なポジティブな効果を示しただけでなく、産仔生産力についても有意なネガティブな効果を示していることを明らかにし、それぞれの有機リン剤に対する抵抗性の間のポジティブな遺伝的相関と、それぞれの有機リン剤に対する抵抗性と産仔生産力との間のネガティブな遺伝的相関を示唆した。加えて、産仔生産力に及ぼす有意なネガティブな効果が、有機リン剤に対する抵抗性に有意な主効果を示さなかった第2染色体からも検出された。このことは、抵抗性系統の適応度成分は、殺虫剤抵抗性とは独立の因子によっても影響されうることを示唆している。キイロショウジョウバエの自然集団における有機リン剤に対する抵抗性の遺伝的変異のダイナミクスを、有機リン剤に対する抵抗性と産仔生産力との間の負の遺伝的相関の観点から議論している。

 

KEY WORDS: 殺虫剤抵抗性、産仔生産力、負の相関、キイロショウジョウバエ、自然集団

 

 私はここまでの研究において、殺虫剤抵抗性という形質を中心に研究を行ってきました。殺虫剤抵抗性に関わる抵抗性因子は、もちろん殺虫剤抵抗性という形質に関わっていますが、実は個体の繁殖や生存といった適応度にもかかわっている可能性があり、昆虫の集団が置かれている環境的な条件や生態学的な条件の影響を受けて、集団内においてその頻度を変化させている可能性があることを、筑波大学大学院での研究で見出すことができました。千葉大学大学院時代に、感受性の回復という現象を、集団遺伝学や進化遺伝学という枠組みの中でいつか研究していきたいと思い、ここまで研究を続けてきましたが、実際に、筑波大学の進化遺伝学研究室において、感受性の回復という現象を進化遺伝学の枠組みの中で研究することができました。殺虫剤抵抗性の研究を始めたときから抱いてきた希望を実際に果たすことができたのではないかと、自分のなかでは思っています。

 私はこれまで、殺虫剤抵抗性という遺伝学的形質の進化について研究してきました。自然集団を取り巻いている生態学的な条件が、集団における抵抗性の遺伝的変異に及ぼす影響について研究していく中で、さらに集団の増加過程や集団のエイジ構造の変化のような集団のダイナミクスと、それが遺伝的変異に及ぼす影響について興味を持ち始めたのでした。筑波大学大学院修了後、ポスドクとしてトレーニングさせていただいたエジンバラ大学では、エイジングや産仔生産力といった生活史形質の進化についてのプロジェクトに関わらせていただきましたが、それと同時に、これまで行ってきた殺虫剤抵抗性と適応度との関わりについても、エジンバラでお世話になった教授からいろいろとご示唆をいただきながら、研究を進めていきました。それらについては、次章以降で述べていきたいと思います。