エジンバラでのフライ・ミーティング
みなさんは、イギリス人についてどのようなイメージを持っているものなのでしょうか? 恥ずかしながら、私は、イギリスの人はみんな、王侯貴族であるかのようなイメージを持っていました。アメリカに数年間滞在していたときに、アメリカ人が持っていたイギリスに対するシニカルな見方に触れることが多かったことも影響していたのだろうと思いますが、ブレザーを着て、なかには蝶ネクタイをしている人もいるような、伝統的な、重厚な雰囲気を漂わせている人が多い、というイメージを、勝手ながら持ってしまっていました。なので、エジンバラを訪問する前には、食事の際のテーブル・マナーが心配だったので、一応ナイフとフォークの使い方を確認したりもしましたし、ヨーロッパのショウジョウバエ研究会に参加した時にも、私も一応ブレザーを着てネクタイをしめて、少し改まった服装をして学会で発表するとともに(もっともポスター発表でしたが)、教授との面談にも臨んだのでした。
まあ結論から述べてしまいますと、学会に何人参加していたか覚えていませんが、多分百人くらいいた学会参加者の中でブレザーを着てネクタイを締めていたのは、私一人だけでした。正直、とても恥ずかしく、その場で脱ぎ捨てたい気持ちになりました。9月初旬でしたが、エジンバラは結構北の方にあるので、もうすでに風も冷たくなってきていたと思いますが、でもみんな普段着で学会に参加している人がほとんどでした。私は筑波大学在学中に、指導教官に旅費を出していただいて、アメリカの学会にも何度か参加させていただいていました。そのときにも感じたのですが、アメリカの研究者は、学会で発表するときに、Tシャツに短パンといった、もう本当に普段着で発表している人が多いのです。逆に、日本人が学会で発表するときには、スーツにネクタイを締めた人がほとんどなので、学会でラフな格好で発表するというのは、アメリカだからなのかとも思っていました。でも、イギリスでも普段着で発表している人がほとんどでした。多分、海外の研究者にとっては、学会での発表は改まった事象なのではなく、普段の研究生活の延長にあるものなのだろうと思います。百人近くいる学会参加者のなかで、一人だけブレザーを着てネクタイを締めていた自分は、正直バカみたいでしたし、以後学会などではネクタイやブレザーを絶対に着まいと心に誓ったのでした。短パンにTシャツは、研究者にとってユニフォームなのではないかとさえ、今では思っています。アメリカやイギリスでの研究生活を通し、スーツを着ず、そしてネクタイを締めないことは、研究者にとっての誇りなのではないのかとも思います。最近では、特に服装について、TPO(時と場所と機会)に配慮するように言われたりもしますが、日本人にとってのTPOは、一歩海外にでたら、ただの非常識でしかないのかもしれないと改めて感じました。TPOを云々する前に、海外の研究者のように、まず自分自身のスタイルが持てたらいいなあと思っています。
フライ・ミーティングの場において、教授からポスドクの修行についてお話を伺い、そしてそのために必要な勉強や準備についてのお話しをうかがいました。研究発表の時には、ただ一人ブレザーを着てネクタイを締めてポスターのまえで突っ立っていた私に、教授の方からいくつか質問をしてくださったのでした。殺虫剤抵抗性というテーマは、遺伝学が発展し始めたころには、J. F. Crowが行った実験のように、遺伝学のなかの中心的な研究テーマの一つであったこともあったでしょうが、現在、実際に遺伝学のメイン・ストリームにいる研究者たちから見たら、もう古い研究テーマだと思われることもあっただろうと思います。しかし、実際に抵抗性の研究をしてきて、私は、まだまだ解っていないことはいっぱいあると思っていました。特に、抵抗性と生存や繁殖との関わりにおいて、染色体置換を行い、比較する抵抗性の遺伝子型の間で遺伝学的バックグラウンドを揃えようと試みてきた自分としては、この教授の下で修業させてもらいながら、抵抗性の遺伝子型の間で比較すべき適応度形質について、特に生活史の進化に関わる理論的な研究について勉強したいということを訴えたと思います。
フライ・ミーティング中に、先生の御自宅でパーティーが開かれ、ミーティング参加者が招待されていました。私も参加させていただき、先生の御自宅にうかがったのですが、海外の研究者の、このようなフランクな文化に触れることができ、大学院で実験や瓶洗いなどで忙しかった自分には、とても眩しく見えたのでした。最終日の前の晩には、エジンバラのダンスホールで、ケイリーと呼ばれるアイルランドの社交ダンスのパーティーが開かれ、私も教授の後ろにくっついて、参加させていただきました。私もみんなから一緒に踊ろうと手を引っ張られたりもしたのですが、バカみたいに頑なに拒んでいました。最近どういうわけか、YouTubeの動画などでアイルランドのダンスを見ていると、とても惹きつけられるものがあるのですが、このときに一緒に踊っていたらもっと楽しかっただろうなあと、今更ながら残念に思っています。
アメリカには何年か滞在していましたが、アメリカの文化とはまた異なる、イギリスの研究文化に触れることができたフライ・ミーティングの参加だったのではではなかったかと思います。ロイヤル・ソサエティと日本の財団が提供していたフェローシップは、研究計画について審査を受けなければならず、必ず授与される保証はなかったので、このミーティングの時には、ポスドクとしての修行の可能性についてご教示をいただいただけでした。でも、世界的な研究者に実際にお目にかかってお話をさせていただくことができ、とても感激したエジンバラでのミーティングとなりました。
筑波大学修了の前に、スコットランドのエジンバラで行われたフライ・ミーティングに参加し、自分が行ってきた研究についてポスター発表するとともに、卒業後のポスドクの修行について、エジンバラ大学の教授にお話を伺ってきました。この時は、エジンバラ到着が結構遅くなってしまったと記憶していますが、飛行機の窓から見えた街の明かりが、とても綺麗だったことが印象に残っています。 三代