レスリー行列と集団の遷移軌道
前節において、内的自然増加率という1つの数値を用いて、集団の増加過程における抵抗性と感受性の遺伝子型の間の適応度の差を評価しましたが、実際のところ、遺伝子型の間のこの数値の差が、どのような帰結をもたらすのか、つまり、集団内における抵抗性遺伝子の消長に関して、どのような影響を持っているのかについては、この数値を見ただけでは、多くの人は、あまり明確にはとらえられないのではないかと思います。増加しているのに減少してしまうという現象は、実際のところ、聞いただけではなかなかイメージしてもらうことは難しいのではないかと思います。集団は増加過程にあると仮定してきたわけですから、それぞれの遺伝子型は増加しているには違いないのですが、その増加率に差があるために、抵抗性遺伝子の相対的な頻度が変化していくわけです。内的自然増加率の差は、この遺伝子型の増加率の差なので、この差がポジティブかネガティブかをみれば、抵抗性遺伝子が増加していくか、あるいは減少していくかについての洞察を得ることができます。しかし、そのまえに、より直感的に、視覚的な形で、集団の増加過程における遺伝子頻度の上昇、あるいは低下のメカニズムを表現することはできないかと考えました。つまり、抵抗性の遺伝子型も感受性の遺伝子型も増加していくにもかかわらず、結局は抵抗性遺伝子が減少してしまうという、恐らく概念的にはとらえることが困難なメカニズムを、より視覚的な形で表現できれば、多くの人に理解してもらえるのではないかと思いました。そのためには、レスリー行列と呼ばれる行列を用いて、集団のそれぞれの遺伝子型の個体数の変化を経時的に追うことによって可能となります。なので、レスリー行列という行列を用いた数学的なアプローチについてここで勉強したのでした。
私は、抵抗性の遺伝型と感受性の遺伝子型がともに増加している過程において、抵抗性の遺伝子型の増加率が感受性の遺伝子型の増加率よりも低いという状況をより明確に示すために、増加しつつある感受性遺伝子型の個体数に対する、増加しつつある抵抗性遺伝子型の個体数の比を調べることにしました。こうすれば、両遺伝子型が増加しつつも、一方の遺伝子型の個体数に対する他方の遺伝子型の個体数の比が相対的に減少あるいは増加する過程として明確に示すことができます。これまでもたびたび述べてきましたが、筑波大学で行った産仔生産力を測定する実験で、子孫が出てこなかった反復がありました。このような反復があると、通常の統計的な分析の際には、正規性の問題にひっかかってしまうため、研究者は苦労することになるのだろうと思います。例えば、すべての反復の間で平均値をとれば、子孫が生まれなかったこれらの反復の結果も分析に含めることができ、子孫を産み出さなかった反復に関わっていた適応度成分も含めたトータルした形で遺伝子型の間で集団の増加過程における適応度を比較することができるので、より望ましいのかもしれません。なので、そのようにして得られた平均値の間で比を取ることによって増加か減少かを評価することも考えられるのかもしれないのですが、この場合、平均値を平均値で割ることになるので、得られた比に関する統計的な有意性を評価することが難しくなってしまいます。なので、今回のこのような、平均値を平均値で割って得られた比についてのバラツキ具合(標準誤差)を推定するための統計的な手法として、ブーツトラップ法という方法を勉強したのでした。