殺虫剤抵抗性の遺伝的変異のダイナミクス
最新の研究とは?
最近の高校生の教科書を見ていると、35年前に私たちが中学生、高校生であったときに学んでいた内容とは著しく異なっていることに驚かされます。例えば、高校の生物の教科書を眺めていると、遺伝子に関連する領域がとても増えているように思いますし、新しい分子遺伝学的な実験的手法も、かなり詳しく説明されているように思います。恐らく、多くの日本人研究者が、これらの領域で目覚ましい実績をあげられているので、これらの領域に、より多くの若者が興味を持って進み、これらの分野で活躍できる研究者を、国をあげて育成していこうという配慮もなされているのだろうと推察します。私も後に、PCR法や抵抗性遺伝子のシークエンシングといった分子遺伝学的な手法を一部取り入れて抵抗性の研究を行うことになりますが、確かに、とても興味を抱かせるものではあると思います。でも、研究や学問というものは、最新のものがすべてであると私は思いません。どのような分野にも、流行りや廃りはあるとは思うのですが、ある分野が興隆し、多くの研究者が切磋琢磨しているときに書かれたような論文は、何十年と時間はたっても、その価値は色あせないのではないかと思っています。例えば、私は、いつまでも1950年代にかかれたJ. F. Crowの論文が、殺虫剤抵抗性に関する論文の中で、一番重要な論文だと考えていますし、エジンバラに滞在していた時にお世話になっていた先生が1970年代に書かれた一連の論文は、集団の遺伝的変異の変動に関する理論的な論文の中で一番重要な論文であるとともに、当時の研究の熱気が感じられて、読んでいてワクワクするような、私にとってとても大事な論文であると思っています。筑波大学時代に、周りが最新の研究方法や高価な機材を使って研究している中で、殺虫剤抵抗性なんて古臭いとさんざん人から蔑まれてきたので、特に日本人は新しい研究に盲目的に追従してしまうという印象を野次馬的に(他人事として)持ってしまっているのですが、研究においては、新しいということはすべてではなく、時間を超えて重要な研究はたくさんあるのではないかと思っています。少なくとも私には、新しくても、お金さえあれば誰でもやれてしまうように見える研究には、あまり魅力を感じていません。現在の状況はちょっと詳しくはわからないのですが、例えば、山中伸也教授がノーベル賞を受賞したときに、iPS細胞に関連する研究に重点的に予算を配分していくと得意げに豪語していた政治家がいたように思いますが、とても危険な考えだと思いました。もちろん最新の研究も大事だとは思いますが、学問や研究というものはそれだけではなく、もし国の発展を考えているのならば、多くの学問領域についても同様に配慮されるべきだろうと思っているためです。学生や大学院生の金銭的な補助についての配慮とも関わってくると思いますが、日本の科学技術や学問研究について、もう少し真剣に考えてもらえたらと思うのですが、もう日本にはそんな余裕はないのかなあとも一方では思っています。