スコットランドを旅する
エジンバラ滞在3年半
私はエジンバラに、トータルすると3年半滞在していたことになります。エジンバラ滞在中は、これまで述べてきたように、昼間は主に、ショウジョウバエの死体を拾い集めたり、ショウジョウバエが産んだ卵の数を数えたりといったことでとても忙しく、夜間や休日には、これまで自分が行ってきた殺虫剤抵抗性の集団モデルを考えるといったことで、とても充実した3年半の研究生活を送らせていただきました。しかし、このエジンバラに滞在していた3年半のことで思い出に残っていることといえば、研究しかしてこなかったので、エジンバラ大学でお世話になっていた先生のラボでのことや、空腹のあまりフィッシュ・アンド・チップスをつまみ食いしながらアパートに帰ったときのことなどしかありません。せっかくスコットランドのエジンバラに滞在していたのですから、今から思えば、イギリスの文化の中で重要な部分を占めていると思われるパブで、スコットランド名物のハギスを食べながら黒ビールやスコッチ・ウィスキーで一杯やってみてもよかったのではないかと思います。そして、せっかくエジンバラ城の裏にアパートを借りて、夏には毎日のようにバッグ・パイプの音色が聞こえてきたのですから、エジンバラ城で1回だけでも実際に、ミリタリー・タトゥー(バッグ・パイプ楽団のショー)を見てきても良かったなあと思います。そして、イギリスではラグビーがとても盛んですが、あるラグビー・スタジアムの横を実際に通りがかったことがありました。そのスタジアムがあまりにも立派だったので、イギリスのラグビー人気を改めて実感したことがあります。私自身ラグビーが好きで、ときどき秩父宮ラグビー場に観戦しに行くこともあるのですが、ラグビーの試合をあの立派なスタジアムで実際に見てこなかったことは、いまさらながらとても残念に思っています。このように、普段の日常生活の中でも、イギリスやスコットランドの文化に触れる機会は恐らくいくらでもあったのだろうと思いますが、精神的にも肉体的にも、そんな余裕はありませんでした。私はどうなってしまうのだろうと心細く思いながら、毎日一生懸命だったと思います。なんにもないアパートと学校との間の往復でした。
最初の1年間は、ロイヤル・ソサエティと日本の財団が提供していたフェローシップを取ってエジンバラにやってきましたが、その後そのまま2年間、ポスドクとしてラボに置いていただきました。なかなか次のポジションをみつけられないまま、あと半年のうちに行く先を決めなさいということで、半年間さらに滞在を延長させてくださったのでした。博士課程でお世話になっていた筑波大学の研究室に、非常勤の研究員として戻ることになったのですが、エジンバラでは、トータルすると3年半の間、先生のラボでお世話になっていたことになります。エジンバラでの滞在があと2週間ぐらいというときに、そう何度も訪れるチャンスもないと思ったので、この機会に一週間ぐらいかけてスコットランドの北の諸島部を旅行したいという私の希望をお伝えしたところ、先生は快く許してくださったのでした。せっかくスコットランドに来ていたのに、学校とアパートの往復だけでは可哀そうだと、そんな惨めな状況にあった私のことを憐れんでくださったのだろうと思います。