第3染色体上の抵抗性遺伝子:抵抗性型アセチルコリンエステラーゼ(2)大学院生が行なった分析、アセチルコリンエステラーゼの点突然変異

大学院生が行った分析

 私が大学院時代に行った研究において、第2染色体上および第3染色体上に、それぞれ1つずつ抵抗性遺伝子をマッピングしていたことは、筑波大学時代に行った研究のところで詳述しているとおりです。その際、抵抗性遺伝子の相対的な効果の大きさや、集団全体の遺伝的変異の変動のパターンなどから考えると、第3染色体上の抵抗性遺伝子の方が、勝沼集団ではより大きく有機リン剤抵抗性に寄与していると私は考えていました。なので、できれば、第3染色体上の抵抗性遺伝子について、より重点的に取り組んでくれたらなあと心の中では密かに思っていたのですが、大学院生たちの興味は第2染色体上の抵抗性遺伝子にあったようで、第2染色体上の~II-62近辺にある、阻害実験などで示唆されていたチトクロームP450のいくつかの遺伝子の分析を、かなり精力的に行っていたようでした。

 

 それでも、第3染色体上の抵抗性遺伝子について、私が位置決定した~III-50近辺にある、抵抗性遺伝子としてもっとも有力な候補であると思われた、有機リン剤が相互作用する作用点であるアセチルコリンエステラーゼの遺伝子の塩基配列について調べてくれていました。抵抗性系統のショウジョウバエについて、ダイレクト・シ-クエンシングといわれる塩基配列分析法を用いて、ゲノムDNA上の、アセチルコリンエステラーゼ遺伝子の転写の際に鋳型となる、DNAとしての機能をもっている鋳型鎖の方の塩基配列を決定してくれていました。そのなかで、フランス人研究者たちが同定した抵抗性型のアミノ酸置換をもたらす点突然変異を、私の研究の中で実際に用いていた抵抗性系統のアセチルコリンエステラーゼの塩基配列の中にも見出してくれていました。つまり、私たちが勝沼のショウジョウバエ集団を研究するために作製した抵抗性系統にも、有機リン剤に対して抵抗性をもたらすような点突然変異がアセチルコリンエステラーゼの塩基配列の中にもみられたことになり、第3染色体上の抵抗性遺伝子は抵抗性型のアセチルコリンエステラーゼである可能性が強く示唆されたことになります。

 

アセチルコリンエステラーゼの点突然変異

 私がエジンバラに滞在していた時に、このフランスの研究者たちが2本続けて、ショウジョウバエのアセチルコリンエステラーゼの突然変異に関する論文を発表していました(Menozzi et al., 2004; Shi et al., 2004)。この論文を読んでいた時に、私が大学院時代に位置決定した第3染色体上の抵抗性遺伝子の正体について、筑波の指導教官や実験を行っていた大学院生から情報をすでに得ていたかどうか、ちょっと記憶が定かではないのですが、多分教えてもらっていたのだろうと思います。さらに、この2つの論文についても、指導教官か大学院生から教えてもらっていたのではないかと思いますが、いずれにせよ、つぎのプロジェクトでどのように研究を進めていくかを考えるときに、とても参考にさせていただきました。

 

 2004年に発表された2つの論文のうちの1報では、世界中から取り寄せた系統について、アセチルコリンエステラーゼの塩基配列を比較し、アミノ酸を置換する点突然変異を同定していました(Menozzi et al., 2004)。それによれば、アセチルコリンエステラーゼには、アミノ酸置換をおこしている主要なサイトが4か所あり、その4つのサイトの間で、抵抗性をもたらすような変異と野生(感受性)型の変異が組合わされて、複数のアセチルコリンエステラーゼの対立遺伝子が産み出されているということでした。つまり、アセチルコリンエステラーゼのアミノ酸配列のなかで、抵抗性や感受性に寄与しうる突然変異はかなり限定的なサイトで起こっており、その変異の仕方も、抵抗性型か野生(感受性)型かのどちらかであるというような変異の仕方をしていることが示唆されていました。さらに、このような点突然変異を様々な組合せで保有している対立遺伝子のなかで、これら4つのサイトのうちの3つのサイトで抵抗性型の変異を保有している対立遺伝子が、世界的にもっとも広く拡散している対立遺伝子の1つであるという結果が示されていました。

 

 このように、アセチルコリンエステラーゼのアミノ酸配列の中で、抵抗性に寄与しうるアミノ酸置換突然変異はそれほど自由度が大きいわけではなく、調べるべきサイトも比較的限定的であると考えられました。自分がこれまで行ってきた、勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団における有機リン剤抵抗性の遺伝的変異について、まだアセチルコリンエステラーゼに関する知見がほとんどないという状況のもとで、研究員とはいえ、非常勤という肩身の狭い身であり、あまり勝手もできないなかで、できるだけチープに分析するためにはどうすればいいかということを考えた場合、まず一番初めの段階で行うことは、アセチルコリンエステラーゼの塩基配列の中で、特にこの3つのアミノ酸サイトにおける変異を重点的に調べるべきであるという考えにいたりました。

 

 これまでたびたび述べてきましたが、私自身分子遺伝学的な手法をこれまであまり積極的に採用してこなかったので、筑波卒業後に大学院生たちが行ってきた研究の結果をもとに、これからどのように研究を進めなければならないのかを改めて考える必要がありました。このように、塩基配列の中の限定的なアミノ酸サイトにおける点突然変異を調べる場合に、対立遺伝子特異的PCRを使えばいいのではないかという発想は、かなり初期の段階から持っていたと思います。なので、日本からPCRの実験法に関するマニュアルのような本をエジンバラまで送ってもらうなどして勉強するとともに、プロジェクトをどのように進めていけばよいかについて考えていました。PCRの条件の設定の仕方など、日本に帰る間際にエジンバラで考えていたことは、筑波大学に戻ったときに実際に行った対立遺伝子特異的PCRの分析につながっていきます。