第3染色体上の抵抗性遺伝子:抵抗性型アセチルコリンエステラーゼ(4)対立遺伝子特異的PCR

対立遺伝子特異的PCR

 私がエジンバラに滞在していた間に大学院生が検出したアセチルコリンエステラーゼのアミノ酸置換突然変異が、実際にアセチルコリンエステラーゼの性質を変化させるものであるということを確認できた今、もし私が実際に、自分の裁量で自由にできる研究費があったならば、例えば、ショウジョウバエの個体ごとにアセチルコリンエステラーゼの塩基配列を調べて、それぞれの個体のアセチルコリンエステラーゼにどのような変異が存在しているのかを調べていたことだろうと思います。しかし前にも述べたように、私はある研究所での研究員のポジションに応募して蹴られ、博士課程でお世話になっていた指導教官に、非常勤の研究員として拾ってもらったという、いわば居候のような身分だったので、実験するにしても、あまり大掛かりなことはできないと思っていました。当時、研究室にはシークエンサーというDNAの塩基配列を決定できるような高価な分析機器がなく、大学院生たちがDNAの塩基配列を決定するときには、外部の業者に分析を委託しており、それでも1つのサンプルを分析するのには何万円も(ひょっとしたら何十万円も)かかると伺ったことがあります。このように、居候の身としては塩基配列の分析を業者に好きなだけ委託できるわけもなかったので、コストがあまりかからないように、塩基配列を直接的に決定していくような戦略をとらない分析方法を探さなければなりませんでした。

 

 ただ、そうはいうものの、アセチルコリンエステラーゼの場合、フランスの研究者たちが報告していたように、抵抗性に寄与するアミノ酸置換突然変異は極めて限定的なアミノ酸サイトで起こっており、そのなかでも、3つのアミノ酸サイトにおいて抵抗性型の変異を有している対立遺伝子が、世界中にもっとも拡散している抵抗性型の対立遺伝子の1つであることが示されていたので、このような、非常勤研究員という居候身分が、できるだけコストをかけないで実験するとすれば、この3つのアミノ酸サイトの塩基配列だけをとりあえず調べていくという戦略が、最も現実的な戦略だったのだろうと思います。それには対立遺伝子特異的PCR法が適切であり、それは、エジンバラから日本に帰国するまでの間に、日本からPCR法のテキストを取り寄せて、エジンバラにおいて構想を練っていた実験方法でもありました。この方法であれば、お世話になっていた研究室に、必要なものはほとんどありましたし、PCR用のチューブやピペッターのチップなどの消耗品ぐらいのコストでなんとか実験できることになります。ただ、実際にサンプルとなるDNAをどのように調整し、PCRのサーマルサイクラーのような実験器具をどのように使えばいいのかはわからなかったので、実際に、アセチルコリンエステラーゼの変異を検出した大学院生に教えてもらうことになりました。彼女はもうすでに大学院を卒業して就職していたのですが、休みの日にわざわざ筑波まで来てもらって、実際に、目の前で実演してもらいながら教えてもらうことができました。