第3染色体上の抵抗性遺伝子:抵抗性型アセチルコリンエステラーゼ(5)対立遺伝子特異的PCRプライマーの設計、対立遺伝子特異的PCRで注意したこと

対立遺伝子特異的PCRプライマーの設計

 アセチルコリンエステラーゼのなかで特に重要とされていた3つのアミノ酸サイトにおいて、アミノ酸置換をひきおこす点突然変異を、大学院生が検出していたので、他の系統や個体において、これらの点突然変異を検出できるように、対立遺伝子特異的PCR用のプライマーを適切に設計することができれば、とりあえずは、あまりコストをかけることなく、集団に存在している有機リン剤抵抗性に寄与しているアセチルコリンエステラーゼの変異の解析が可能になるだろうと考えました。自由にできる研究費が潤沢にあれば、アセチルコリンエステラーゼのすべての塩基配列を決定するといった方法も取ることができたのでしょうが、居候の身ではそうも言ってはいられないので、いわば苦肉の策というわけです。

 

 ここで、対立遺伝子特異的PCR法という手法を、簡単に説明させてもらいたいと思います。対立遺伝子特異的PCR法というのは、例えば、抵抗性型と感受性型のアセチルコリンエステラーゼの対立遺伝子それぞれに特異的なプライマーを適切に設計することによって、抵抗性型の点突然変異検出用のプライマーでPCRを行った場合には、もし抵抗性型の点突然変異が存在していれば、PCRによるDNAの増幅が起こりますが、感受性型の対立遺伝子しか存在しない場合には、PCRによるDNAの増幅は起こらないことになります。逆に、感受性型の対立遺伝子検出用のプライマーでPCRを行った場合には、抵抗性型の点突然変異のみが存在する場合には、DNAの増幅は起こりませんが、感受性型の対立遺伝子が存在する場合には、PCRによるDNAの増幅が起こることになります。なので、例えば、それぞれのサイトにおいて、抵抗性型の点突然変異をホモ接合の状態で保持している個体のDNAをサンプルとした場合には、抵抗性型用のプライマーでPCRを行ったときには増幅が起こりますが、感受性型用のプライマーでは増幅が起こらないことになります。逆に、感受性対立遺伝子をホモ接合の状態で保有している個体のサンプルでは、抵抗性型のプライマーでは増幅が起こりませんが、感受性用のプライマーでは増幅が起こることになります。一方、抵抗性型の対立遺伝子と感受性型の対立遺伝子をヘテロ接合の状態で保有している個体のサンプルでは、両方のプライマーでPCRによる増幅が起こることになります。このように、PCRによる増幅が起こったか否かによって、保有している対立遺伝子に点突然変異が起こっているか否かがわかり、それはPCR産物の電気泳動の写真などから判別することができるわけです。つまり、1つのサンプルについて、抵抗性型と感受性型の2種類のプライマーそれぞれについてPCRをおこない、PCR産物の電気泳動の写真から、個体の遺伝子型を判別することができることになり、例えば、集団内におけるアセチルコリンエステラーゼの変異の変動などを、比較的容易に、かつ安価に決定することが可能になるのではないかと考えました。ただこれはあくまでも、アセチルコリンエステラーゼという、殺虫剤抵抗性に寄与している変異が分子遺伝学的にとてもよく研究されており、その特質が極めて明確に報告されている遺伝子だからこそ可能であった方法であると言えるのではないかと思います。必ずしも一般的に用いることができる方法ではないのかもしれません。そういった意味で、研究の焦点となっている遺伝子について、参考にすることができる情報を手に入れることができたのは、ラッキーだったと思います。

 

対立遺伝子特異的PCRで注意したこと

 この対立遺伝子特異的PCR法について、注意すべきポイントがいくつかあるので、ここで付け加えておきたいと思います。通常の対立遺伝子特異的プライマーの場合には、プライマーの最後、3’末端側の塩基が、検出されるべき点突然変異とマッチするか、あるいはミスマッチするように設計されています。つまり、最後の塩基のところでマッチしていれば、それに続いてDNAの伸長がおこり、PCRによる増幅がおこることになりますが、ミスマッチの場合にはDNAの伸長がそこでストップしてしまい、DNAの増幅はおこらないということが想定されています。しかし、たとえプライマーの最後がミスマッチで終わっていたとしても、DNAポリメラーゼがミスマッチとして認識することができずに、そのままDNAの伸長がおこってしまうことがよくあるとのことでした。実際、対立遺伝子特異的プライマーの対立遺伝子特異性を高めるために、さらなる付加的なミスマッチをプライマーに加えると、それによってプライマーの対立遺伝子特異性が劇的にアップするという報告がありました(Pettersson et al., 2003)。これらの報告を参考にして、私も予備実験を行ったところ、3’末端に1つしかミスマッチのないプライマーでは対立遺伝子の特異性がみられず(つまり、両方のプライマーでDNAの増幅がおこってしまった)、3’末端にさらにミスマッチを加える(つまり、ミスマッチを2つ連続させる)と、対立遺伝子特異性が向上する場合があったので、予備実験の結果に基づいて、さらなるミスマッチをプライマーの3’末端に付加する場合もありました。

 

 これと関連してなのですが、対立遺伝子特異的PCRに用いるTaq DNAポリメラーゼの種類についても注意が必要です。PCR法も最近ではかなり進歩していて、PCRに用いるTaq DNAポリメラーゼにもいろいろな種類が市販されており、値段もピンからキリまであると思います。精度の高い酵素ほど高い傾向があるのではないかと思いますが、その精度の高さの一部は、DNAポリメラーゼの持つ3’5’ エクソヌクレアーゼ(exonuclease)活性にも依存している場合があります。つまり、DNAが伸長しているときに読み間違いがおこると、その誤りを修復してからさらに伸長していくために、精度が上がるわけです(谷口, 2005)。ここで採用した対立遺伝子特異的PCR法の場合、わざわざミスマッチをプライマーに含めているわけですから、エクソヌクレアーゼ活性を有する、例えばEx TaqのようなDNAポリメラーゼを用いてしまうと、わざわざ含めるように設計したミスマッチを修復してDNAを伸長させてしまうことになるため、その対立遺伝子特異性が失われてしまうことになるわけです。なので、今回の私が用いた対立遺伝子特異的PCR法の場合には、エクソヌクレアーゼ活性のないTaq DNAポリメラーゼを使わなければならないことになります。DNAの塩基配列の決定のような、できるだけ高い精度が求められる通常の実験では、できるだけ精度の高い、それゆえ高価な材料をできれば使いたいものなのでしょうが、今回の対立遺伝子特異的PCRの場合には、むしろ相対的に精度が高くないというTaq DNAポリメラーゼの性質を利用しているわけです(Ayyadevara et al., 2000)。当時お世話になっていた研究室では、みんなEx Taqのような精度の高いポリメラーゼを使っていたので、Taq DNAポリメラーゼが冷蔵庫の中に大量に残っていたと記憶しています。なので、私が行っていた対立遺伝子特異的PCRでは、その残りもののTaqポリメラーゼを使わせてもらい、結果的に安価に実験をすることができたと思います。少なくとも今回の研究に限っていえば、高ければ何でもいいというわけではないことになります。