対立遺伝子特異的PCRの条件設定
エジンバラでの研究生活が終盤になり、次の就職先や、そこで行う研究についての計画をたてる中で、日本からPCR法のテキストを送ってもらい、そのなかで詳しく説明されているPCR法の手順について、自分の頭の中でいろいろと考えを巡らせていました。これまでたびたび申し上げてきましたが、私はこのときまで遺伝子を取り扱う実験を行ったことがありませんでした。これは多分好みの問題なのだろうと思いますが、生物学の中にもいくつかの分野があり、例えば、DNAやタンパク質のような分子を取り扱う領域や、生体内で行われる代謝を扱う細胞学的な領域、さらには集団や生態といったよりマクロな分野まで、とても幅広い分野があるなかで、私は、進化や生態、集団といった、遺伝子のような分子とは対極にあるような分野が好きなのだろうと思います。そんな自分だったのですが、大学院生がアセチルコリンエステラーゼの塩基配列の中に、抵抗性に寄与するとされている重要なアミノ酸置換をひきおこす点突然変異を検出していたので、できればこの知見をうまく使って私がこれまで行ってきた研究をさらに進めていければと考えていました。あまり研究費が自由にはならない身で、コストを抑えながら研究を進めるためには、シークエンシングのような、漠然とした広範囲にわたる対象を相手にするといった戦略ではなく、むしろ対象を極めて限定化することができる対立遺伝子特異的PCR法しか道はないと考えていました。なので、この対立遺伝子特異的PCR法を頭の中で想定しながら、PCR法についてのテキストを読んで勉強していたと思います。
このとき送ってもらったPCR法のテキストは、無敵のバイオテクニカルシリーズ『改訂 PCR実験ノート みるみる増やすコツとPCR産物の多彩な活用法』、(谷口武利編、2005年第2版、羊土社)です。これまで遺伝子を扱ったことがなく、PCRなどやったことがなかった自分でしたが、この本がとても役に立ったと思います。実際にPCRなどやったことはなかったのですが、頭の中で実際に実験を行っているかのような感覚で勉強することができました。実験を行う前から、ある程度のトラブルについても想定することができ、実際にPCR実験のなかで困難にぶちあたっても、それほど動揺することなく実験を進めることができたと思います。例えば、当時筑波でお世話になっていた研究室では、プライマーの設計は自分たちでやっていましたが、自分たちで設計したあとは、実際には外部の業者にプライマーの作製を委託していました。しかし、私が依頼して作製したもらったプライマーの純度があまり良くなかったようで、結構いろいろなノイズが出てきてしまったことがありました。このエジンバラに送ってもらったテキストのなかで、1分間に伸長する塩基の長さを考えに入れて条件を設定すると、非特異的なPCR反応を抑えることができるとあったので、想定されたPCR産物の長さから逆算してエクステンションの時間を設定したりして、実際にあまりノイズが出てこないような条件を探っていきました。この最適なPCRのための条件をつきとめていくプロセスが、パズルを解いているかのように面白くて、結構夢中になって実験をしていました。多少ノイズがでてしまっていたかもしれませんが、まあまあ判別には支障がない程度まで抑えることができる実験条件を探しあてることができたと思います。
今までは遺伝子を取り扱う研究に対しては、あまり良い印象を持っていなかったのだろうと思いますが、実際にPCR実験をやってみたら、結構夢中になって実験をしていました。まあ、食わず嫌いだったのかなあとも思っています。一生懸命になってやっていたら、多分なんでも面白くなってくるものなのだろうと思います。
エジンバラ滞在の終盤に、次の研究について計画しているときに参考にさせていただいたテキストです。日本から送ってもらい、勉強させていただきました。実験の手順がとてもわかりやすく説明されており、それまでDNAすら扱ったことのなかった私でも、頭の中でイメージすることができました。テキストに書かれている説明を読みながら、一緒になって実験しているかのような感覚で勉強することが出来ました。実際に筑波大学でPCR実験を行なっていて、トラブルに直面した時にも、慌てずに対処することが出来たのは、このテキストで勉強していたからだと思います。とても勉強になりました。 三代