対立遺伝子特異的PCRに伴う問題点
私が大学院生だった1997年および1998年に勝沼で採集したキイロショウジョウバエ自然集団から作製した抵抗性系統である#609と#1465はともに、特に重要とされていた3つのアミノ酸サイトに抵抗性型の点突然変異を保有していました。よって、アセチルコリンエステラーゼの抵抗性型の対立遺伝子としては、少なくともこの3つのアミノ酸サイトについては1種類の対立遺伝子しか検出されていませんでした。抵抗性への寄与に関する染色体分析や、殺虫剤による酵素活性の阻害の特性をみる限り、これを疑う理由はありませんでした。2004年にフランスの研究者たちによって報告されたように、アセチルコリンエステラーゼには、複数の抵抗性型の対立遺伝子が存在し、その対立遺伝子の特性に依存してそれらが世界中に拡散していることが報告されていましたが(Menozzi et al., 2004)、1997年と1998年に作製した抵抗性系統の分析があったので、他の抵抗性型の対立遺伝子が勝沼集団に存在する可能性は、大学院生が検出した抵抗性型の変異を、2006年に新たに採集した自然集団で確認しようとしていたこのときには、まったく頭のなかにはありませんでした。
2006年に新たに採集してきたショウジョウバエから作製した1雌由来系統を用いて、対立遺伝子特異的PCRを行ったとき、私の頭の中には他の抵抗性型の対立遺伝子の存在は全く頭になかったわけですから、予想に反するようなPCR産物の電気泳動パターンをみたときの興奮といいますか、これは!という感覚は、お伝えしたいところではありますが、やはり、実際に実験をやっていた本人にしかわからないところなのだろうと思います。まあ、抵抗性研究を開始した当初から、昆虫の自然集団に存在している殺虫剤に対する抵抗性の遺伝的変異について、複数の遺伝的因子の存在を排除することなく研究をこれまで続けてきたので、対立遺伝子特異的PCRによって増幅したPCR産物の様々な電気泳動のパターンを実際に目にしたときの興奮は、自分の中でも、ある意味で、1つのピークであり、まあ研究をやってよかったと思うような瞬間だったと思います。
そうはいうものの、当初想定していたこととは異なる結果だったわけですから、これまでに用いてきた方法にも、いろいろと困難がでてきました。もともと、対立遺伝子特異的PCR法は、抵抗性型の対立遺伝子が1種類(大学院生が解析した抵抗性系統が持っていたもの)、感受性型の対立遺伝子が1種類であるという想定のもとで考えられてきましたが、このように複数の対立遺伝子が存在することになると、複数のサイトにおいてヘテロ接合の状態で抵抗性型の点突然変異をもつ個体の場合、対立遺伝子のタイプを決定することができなくなってしまいます。当初想定していたように、対立遺伝子が2種類しかない場合であれば、対立遺伝子特異的PCRの結果を解釈することには困難はないはずでした。例えば、3つのアミノ酸サイトについて、ある個体がR/S-R/S-R/Sという遺伝子型をもっているとすると(Rは抵抗性型の変異、Sは感受性型の変異)、もともと想定されていた2種類の対立遺伝子しか集団になければ、その個体は、R-R-RとS-S-Sという2種類の対立遺伝子を持っていることがわかります。しかし集団中に複数の対立遺伝子が存在しているならば、その個体が、R-R-RとS-S-Sの対立遺伝子を持っているのか、R-S-RとS-R-Sの対立遺伝子を持っているのか、あるいは、R-R-SとS-S-Rの対立遺伝子を持っているのか、などといったことは、対立遺伝子特異的PCRによって決定された遺伝子型からは判別することはできなくなってしまいます。
穏やかな秋晴れの中、上野の東京国立博物館まで行ってきました。最澄や聖徳太子を含む10幅の像が一堂に勢揃いしている期間もあとわずかということもあり、急いで鑑賞しに行ってきました。実物の迫力には、やはり圧倒されてしまいます。 三代