対立遺伝子特異的PCRから見えてきたこと
私がエジンバラに滞在していた間に、大学院生が部分的に塩基配列を分析した抵抗性系統のアセチルコリンエステラーゼには、3つのアミノ酸サイトに抵抗性型の変異がありました。感受性型の対立遺伝子の他に、このタイプの抵抗性型の対立遺伝子しか勝沼集団には存在していないのであれば、これら3つのサイトにおける抵抗性型の点突然変異は、集団内において等しい頻度で存在しているはずです。ごくわずかの系統数しか確立できませんでしたが、勝沼で新たに採集して作製したキイロショウジョウバエの1雌由来系統を用いて対立遺伝子特異的PCRを行ったところ、いくつか興味深いことがわかりました。
まず第1に、大学院生が、私が大学院生だったときに作製した抵抗性系統で検出した抵抗性型の変異は、新たに採集した勝沼集団の中にもちゃんと存在していることが確認できました。なので、大学院生が検出した遺伝的な変異は、例えば実験室で飼育されている他の系統からの誤った混入などではないことがはっきりしたと思います。勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団中に、実際に存在している変異でした。第2に、ごく少数のショウジョウバエ個体しか採集できなかったのですが、それにもかかわらず、抵抗性型の点突然変異は、少なからず勝沼集団に存在していることがわかりました。まだ夏の暑い盛りだったので、ブドウの栽培も進行中であったため、あるいは他の害虫を防除するための殺虫剤散布による選択圧を受けていた可能性が考えられると思います。
さらに興味深いこととして、抵抗性型の点突然変異の頻度が、これら3つのアミノ酸サイトの間で同一ではないことがわかりました。上で述べたように、もし大学院生が分析に用いていた抵抗性型の対立遺伝子と感受性型の対立遺伝子しか勝沼集団に存在していないのであれば、それぞれのサイトにおける抵抗性型の変異の集団内における頻度は同じになるはずでしたが、実際には異なっていました。つまり、大学院生が検出したような3つのサイトに抵抗性型の変異を持つ対立遺伝子だけではなく、3つのサイトのうちの1つ、あるいは2つのサイトにしか変異を持たない対立遺伝子も勝沼集団にはわずかに存在している可能性が示唆されたわけです。
これまでの研究から、勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団における、有機リン剤に対する抵抗性の遺伝的変異は、少なくとも第2染色体上の抵抗性因子と第3染色体上の抵抗性因子によって構成されていることがわかっていましたが、さらに第3染色体上の抵抗性因子である抵抗性型のアセチルコリンエステラーゼには、3つのサイトに抵抗性型の変異を持つ抵抗性型の対立遺伝子の他に、複数の抵抗性型の対立遺伝子がわずかながら存在している可能性が示唆されたわけです。これまでに、それぞれの系統に存在した個々の抵抗性因子の解析に加えて、1雌由来系統の死亡率データを集団全体で集計して、その集団全体の遺伝的変異の変動についても検討を行ってきましたが、勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団における有機リン剤に対する抵抗性の遺伝的変異の少なくとも一部は、アセチルコリンエステラーゼ遺伝子にみられた、抵抗性型の、わずかに存在している複数の新たな対立遺伝子によっても寄与されている可能性が示唆されたわけです。キイロショウジョウバエの自然集団において、殺虫剤抵抗性の遺伝的変異は、かなり複雑な構造をしている可能性があることが示唆できるだろうと思います。なので、実際に検出されたこれらの点突然変異がどのような対立遺伝子として存在しているのかを確認する必要がでてきました。
これまで述べてきましたように、私は進化や生態、集団といったような、よりマクロな生物学の領域に興味を持ってきましたが、実際にPCRのような分子(遺伝子)を取り扱うような実験も、とても興味深く取り組ませていただきました。これも、私がエジンバラに留学中に、大学院生が多くの知見を積み上げてくれていたおかげだったと思います。 三代