ダイレクト・シークエンシングによる確認
一方、これらの3つのサイトにおいて、変異をそれぞれホモ接合の形で保有している遺伝子型ならば、少なくともこれらのサイトに関する限り1通りの対立遺伝子として決定することができるので、PCRによってこれらのサイトでホモ接合であると判定された個体のDNAサンプルを使って、ダイレクト・シークエンシングという分析方法を用いて、DNAの塩基配列を調べてみました。これらの対立遺伝子が、対立遺伝子特異的PCRによる誤った判別などというものではなく、もともと想定されていなかったような抵抗性型の対立遺伝子が、2006年に新たに採集された勝沼集団に実際に存在していたことを確認するためです。大学院生がアセチルコリンエステラーゼの部分的な塩基配列を決定するときに用いたプライマーを用いて増幅した、これら3つのアミノ酸サイトを含むDNA領域のPCR産物をもとに、業者に委託して塩基配列を決定してもらいました。ちなみに、この大学院生は、ゲノムDNAの鋳型鎖になるほうの塩基配列を決定してくれていましたが、ゲノムDNAにおいて実際に機能しているのは鋳型鎖なわけですから、とても賢明な配慮だったように思います。また、今回は対立遺伝子特異的PCRではなくシークエンシング(塩基配列の決定)だったので、DNAポリメラーゼは、エクソヌクレアーゼ活性を有する、より精度の高いPCR用の酵素を用いました。さらに、対立遺伝子特異的PCRに用いたプライマーには、対立遺伝子特異性を高めるために、付加的なミスマッチをあえて追加していた場合もあったので、ダイレクト・シークエンシングによって決定された塩基配列を調べることによって、対立遺伝子特異的PCRが期待された点突然変異を実際に検出していたかどうかを確認することにもなります。
ダイレクト・シークエンシングによって決定された、アセチルコリンエステラーゼ遺伝子の部分的なPCR産物の塩基配列から、フランスの研究者らによって特に重要であると報告されていた3か所のアミノ酸サイトにおけるアミノ酸置換点突然変異の有無によって、感受性型の対立遺伝子を含めると、少なくとも4種類の対立遺伝子が、勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団中に存在していることがわかりました。私たちはこれまでに、勝沼集団には第2染色体上と第3染色体上に抵抗性因子が存在していることを突き止めてきましたが、今回はさらに、第3染色体上の抵抗性遺伝子アセチルコリンエステラーゼには、少なくとも3か所のアミノ酸サイトにおける抵抗性型の点突然変異の有無から、4種類の対立遺伝子の存在を明らかにすることができたことになります。
興味がない人にはどうということもないのかもしれませんが、抵抗性研究を志して以降、昆虫集団中には複数の抵抗性因子が存在する可能性を排除するべきではないと考えて研究を行ってきた私としては、まあまあ納得することができる結果を得ることができたのだろうと思います。エジンバラから帰国してすぐに、アセチルコリンエステラーゼの実験に取り掛かることができ、1年間という限られた時間の中で、比較的思うように研究を進めることができたのではないかと思います。これも、私がエジンバラに滞在している間にアセチルコリンエステラーゼの分子遺伝学的な解析を行っていた大学院生が、とても有用な知見を積み上げてくれていたおかげだったと思います。
PCRで増幅させたアセチルコリンエステラーゼの部分的な塩基配列を、業者に委託して解析していただきました。研究費が潤沢に手に入る身分であれば、もっといろいろな分析をすることが出来たのだろうと思いますが、非常勤の研究員という居候の分際でしたので、必要最小限の分析しか出来ませんでした。自分自身で研究費を取れなかった以上、仕方がなかったと思います。 三代