アセチルコリンエステラーゼの世界的権威
1980年代後半にキイロショウジョウバエのアセチルコリンエステラーゼ遺伝子の塩基配列を決定された世界的な権威に、フランスの研究所で直接お目にかかることができ、さらに私が行ってきた研究に対するご批判や、フェローシップに応募するための研究計画についてご示唆をいただけることになりました。とてもお忙しいところにもかかわらず、極東の名もなき浮浪人にお時間を割いてくださり、とても感激していました。早速研究室で、先生が発表されていた論文についてコンピューターの画面に向かいながら説明してくださったのでした。私の筑波大学での研究でも参考にさせていただいた、Shi et al.(2004)の論文だったと思います。アセチルコリンエステラーゼのなかの、特に重要とされていたアミノ酸サイトにおこった点突然変異が、アセチルコリンエステラーゼの酵素的な特性に及ぼす影響について説明していただいたと思います。さらにいくつか先生が発表された論文を紹介していただき、別刷りをいただくことができました。私がエジンバラに滞在していた時に発表した、有機リン剤抵抗性と感受性の遺伝子型の間で集団の遷移軌道を比較した論文を読んでくださっていたようで、それについてご批判をいただくとともに、フェローシップに応募するための研究計画についてもご批判やご示唆を頂戴しました。この論文を発表した当時は、まだアセチルコリンエステラーゼであることは判明していませんでしたが、キイロショウジョウバエの第3染色体上の抵抗性遺伝子に関する論文だったので、先生には恐らくアセチルコリンエステラーゼに関連した論文であることがわかっていたのだろうと思います。私としては、筑波大学で実験を行って検出してきた、アセチルコリンエステラーゼにみられたいくつかのアミノ酸サイトにおける点突然変異について、それらの変異に対する殺虫剤による選択圧、そして集団の増加過程や野外での生態学的な条件のもとではたらく自然選択圧の影響を、分子進化学的に研究してみたい旨を伝えたのですが、先生も興味を示してくださったのではなかったかと記憶しています。私はどちらかといえば、進化学や生態学に興味があり、恐らく先生が興味を持たれていた領域とは異なっていたのかもしれないのですが、それでも多くのことを教えてくださり、また先生ご自身が発表されてきた論文の別刷りをたくさんいただくことができました。
実験室でいろいろとご教示をいただいた後、先生のラボの研究員や学生に紹介していただきました。皆さんとても忙しそうに実験されており、学生もオフィスで机に向かって勉強していた姿が印象に残りました。明日ドイツに向かって出発するとお伝えしたところ、フランスには一晩しかいないのかととても驚かれたようでしたが、お忙しいところお邪魔してはいけないと思い、おいとまさせていただきました。研究所の入り口まで見送ってくださったのですが、お時間を割いてくださったことを感謝しつつ、握手をして研究所を後にしたのでした。
このときに、先生にみていただいた研究計画は、結局日の目をみることはできませんでした。先生からいろいろとご示唆をいただきながら、研究を進めることができず、とても残念に思います。このときに私のために時間を割いてくださったことを感謝したいと思いつつ今日まで来てしまいました。アセチルコリンエステラーゼの研究を進めることができなかったことは、私の不徳の致すところであり、申し訳なく思っています。