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勝沼集団におけるDDT抵抗性の遺伝的変異(1)DDTやパーメスリンに対する死亡率データ

勝沼集団におけるDDT抵抗性の遺伝的変異

 

DDTやパーメスリンに対する死亡率データ

 これまでに述べてきたように、筑波大学の大学院生のときに、勝沼などでキイロショウジョウバエの自然集団を採集し、採集した個体から1雌由来系統を作製しました。これらの1雌由来系統について、いくつかの殺虫剤を用いて殺虫試験を行いましたが、これらの検定に用いた殺虫剤の中には、有機リン剤だけでなく、有機塩素剤のDDTや、ピレスロイド剤というクラスのパーメスリンという殺虫剤も含まれていました。私のこれまでの研究では、キイロショウジョウバエ自然集団における有機リン剤に対する抵抗性の遺伝的変異に注目して研究を行ってきました。大学院時代には、有機リン剤に対する抵抗性の遺伝的変異の解析だけで精一杯でしたし、一応検定をしたとはいえ、DDTやパーメスリンなどの、他の殺虫剤クラスの分析まで手を伸ばす余裕がなかったので、詳細な分析はできませんでした。2年間の、それぞれ夏と秋の合計4回分採集した集団から得られた、1雌由来系統に関する殺虫試験で得られた死亡率データが残されていたので、無職のまま、自宅で未発表の実験結果についてまとめることにしたこの機会に、DDTとパーメスリンに対する殺虫試験の結果を、有機リン剤抵抗性の場合と同じように、分散分析を行って論文にまとめることにしました。

 

 みなさんは、殺虫剤はどれも同じだと思っている方もいるかもしれませんが、殺虫剤にはいくつかのクラスがあります。これまで私が注目してきた抵抗性の遺伝的変異は、有機リン剤という殺虫剤クラスに含まれる3つの殺虫剤だったわけです。一般に、同じクラスの殺虫剤は、昆虫体内の、主に神経系に存在している標的分子を共にターゲットにしていることが多いので、例えば、ある1つの有機リン剤に対する抵抗性が、標的分子の感受性の低下を介してもたらされている場合には、他の有機リン剤に対しても抵抗性を発達させると期待することは、道理にかなっているように思います。しかしそれほど単純な話ではなく、やっかいなことに、抵抗性のメカニズムは標的分子の感受性の低下だけではないので、例えば、解毒分解酵素の活性の増大によって抵抗性がもたらされている場合には、同じクラスのすべての殺虫剤に対して、必ずしも類似したパターンを示すとは限りません(実際、第2染色体上の抵抗性因子は、3つの有機リン剤に対して、必ずしも同じような抵抗性のパターンを示していません)。同じクラスの殺虫剤でさえこのように複雑なわけですから、異なるクラスの殺虫剤の場合には、ターゲットとしている昆虫体内の標的分子は一般に異なっているので、例えば、有機リン剤に対して抵抗性ではあったとしても、他のクラスの殺虫剤に対しては、抵抗性の場合もあるでしょうし、抵抗性ではない場合もあるかもしれません。解毒分解活性の増大によって有機リン剤抵抗性がもたらされているならば、あるいは他のクラスの殺虫剤に対しても抵抗性がもたらされる可能性があるかもしれませんが、標的分子の感受性の低下が有機リン剤に対する抵抗性のメカニズムであるならば、一般に、標的分子を異にする他のクラスの殺虫剤に対して抵抗性がもたらされると期待する理由はないと思います。なので、これはもう実際に分析してみなければわからないことであり、得られた結果をもとに考察していかなければならないことになるのだろうと思います。これはもう、やってみなければわからない領域だろうと思います。

 

 昨今の高校生物で学習するように、環境中での残留性が高いことによる生物濃縮の問題などから、現在日本を含む先進国では、DDTの使用が禁止されています。なので、なぜDDTに対する抵抗性を調べる必要があるのかと訝しく思う方もいるかもしれません。DDTは環境中でも比較的安定だと言われているので、環境中にDDTが残留しているためにDDTに対する抵抗性がもたらされる可能性について検討するつもりで、このような研究をしたわけでは必ずしもないことはご理解いただきたいと思います。私も、現在禁止されているDDTが、実際に現地で散布されているなどと考えているわけではありません。これは、これまでも何度か述べてきたように、交差抵抗性という現象とも絡んできます。DDTは現在利用されてはおりませんが、それでも多くの人が名前を知っているとても有名な殺虫剤ですので、あくまでも殺虫剤の代表として検定に用いているわけで、もしDDTに対する抵抗性の遺伝的変異が存在した場合、真っ先に考えられることは、DDTと作用点を共有している他の殺虫剤が散布されている可能性や、あるいは、ある殺虫剤に対して解毒分解活性が高められた酵素が、DDTに対しても作用している可能性が考えられるわけです。なので、短絡的に、現地でDDTが散布されていたりだとか、DDTが残留している可能性だとかを考えていたわけではなく、ある殺虫剤に対して抵抗性を発達させると、他の殺虫剤に対しても抵抗性となってしまう交差抵抗性という複雑な現象があるということを皆さんに理解してもらう必要があるのではないかと思います。実際に散布されているわけではないはずの殺虫剤であるDDTに対する抵抗性の遺伝的変異を調べようとしていたわけですから、これはDDTを用いて実際に分析してみなければ見えてこない領域なのだろうと思います。つまり、実際に散布されていない殺虫剤に対する抵抗性が発達してしまう可能性です。