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勝沼集団におけるDDT抵抗性の遺伝的変異(2)分散分析から見えてきたこと

分散分析から見えてきたこと

 3つの有機リン剤を用いた1雌由来系統の殺虫試験で得られた死亡率データについて、以前の論文(Miyo et al., 2000; 2006)において分散分析を行い、遺伝的分散(遺伝的なバラツキ)を推定しました。DDTとパーメスリンの死亡率データについても、有機リン剤の場合と同じように分析を行いました。以前の論文で報告した感受性レベルの変動とあわせて遺伝的分散の変動を考えてみますと、キイロショウジョウバエの勝沼集団には、有機リン剤だけではなく、パーメスリン(ピレスロイド剤)やDDT(有機塩素剤)を含む5つの殺虫剤それぞれに対する感受性に有意な遺伝的変異が存在していることがわかりました。しかしながら、それぞれの殺虫剤に対する感受性の遺伝的変異の振る舞いは、殺虫剤クラスの間で異なっていることがわかりました。3つの有機リン剤のそれぞれに対する平均の感受性は2年間、キイロショウジョウバエ勝沼集団が大きくなる秋に一貫して増加する傾向を示しましたが、平均感受性に見られたこの一貫した傾向に反して、3つの有機リン剤に対する感受性の遺伝的分散の有意な変動は、1997年の夏と秋の間では観察されませんでしたが、1998年には増加する傾向を示しました。有機リン剤に対する感受性の場合とは異なり、パーメスリンやDDTの場合には、感受性における有意な上昇傾向は、秋に観察されませんでした。しかしながら、遺伝的分散における変動のパターンは、この2つの殺虫剤に対する感受性の間で異なっていました。例えば、有機リン剤に対する抵抗性因子が、パーメスリンやDDTに対する抵抗性の遺伝的変異にも同じように寄与しているとするならば、有機リン剤だけでなく、パーメスリンやDDTに対する感受性の変動についても同じようなパターンを示すはずなので、この研究から得られた、これらの一筋縄ではくくることができない結果は、勝沼集団内における殺虫剤感受性の遺伝的変異が、5つの殺虫剤に対して交差抵抗性を示す単一の抵抗性因子によってもたらされていたといったような単純なメカニズムでは説明できないことを示唆しています。

 

 これまで述べてきましたように、勝沼のキイロショウジョウバエ自然集団内における殺虫剤抵抗性の遺伝的変異には、有機リン剤の抵抗性についてだけでも、第2染色体上と第3染色体上の抵抗性因子が寄与しており、これまでの研究から抵抗性型のアセチルコリンエステラーゼであることが示されている第3染色体上の抵抗性因子だけでも、感受性型の対立遺伝子も含めると少なくとも4種類の対立遺伝子が寄与していることになります。さらに、ピレスロイド剤や有機塩素剤のような他の殺虫剤に対する遺伝的な変異が含まれていることを考えると、やはり、キイロショウジョウバエの自然集団における殺虫剤抵抗性の遺伝的変異は、かなり複雑なのではないかという結論が導かれると思います。

 

 ちなみに、有機リン剤の標的分子であるアセチルコリンエステラーゼは、DDTの標的分子ではないので、DDTに対する抵抗性には直接的には寄与していないことになります。しかしながら、フィールドで散布された有機リン剤による選択圧を受けて、集団内で頻度を上昇させた抵抗性型のアセチルコリンエステラーゼ遺伝子が、DDT抵抗性の遺伝的変異にとっては、個体の繁殖や生存(適応度)に対する有害な効果を持つ遺伝子(ただの有害な遺伝子)として、その変動に間接的に影響を与えている可能性があります。このように、筑波大学大学院時代および以後のポスドクとして行ってきた研究から、勝沼というたかだか1つの自然集団における殺虫剤抵抗性という形質ですら、かなり複雑な形質であり、そのダイナミクスというのは、それぞれの殺虫剤抵抗性の遺伝的変異の間で、お互いにかなり入り組んだ直接的、間接的な影響を及ぼし合っているのではないかというのが、私の率直な感想です。ご賛同いただけるか否かは別にして、私自身、殺虫剤抵抗性に関する興味深い世界観を提示できたのではないかと考えています。