ヘルパー2級講座(4)実習で感じた違和感
ヘルパー2級課程において、学科で学んだ知識やスクーリングのなかで習得した介護技術を、トータルすると30時間になる実習のなかで実践することになりました。私が配属された実習先は、一つは都心にある訪問介護事業所で、指導員の後ろにくっついて、都心の大きな都営団地にあった利用者のお宅にうかがって、訪問介護の実際を、少しだけお手伝い(入浴介助)もさせていただきながら、見学させていただきました。もう一か所は、自宅からも比較的近いところにあった介護老人保健施設であり、デイケアでの通所サービス(サービス全般)とともに入所サービス(食事介助や排泄介助)を、多少はお手伝いさせていただきながら見学させてもらいました。
デイケアでの実習では、生まれて初めての介護施設での体験ということもあり、正直とても緊張しました。しかし、それだけではなくショックでもありました。といいますのは、結構な数の高齢者が広いホールに集められて、カルタなどのゲームをしたり、ボランティアによる音楽会(引退した音楽教師によるものだったと記憶している)や、お茶を飲んでお隣さんとおしゃべりしたりと、さまざまな活動をしながら、それぞれ時間を過ごしていました。雀卓を囲んでいる人たちもいて、もちろん楽しそうに時間を過ごしている人も確かにいましたが、その一方で、帰りたがっている人や、絶えずトイレに行きたがる人、一人で寂しそうにしている人などもいました。正直なところ、“オレなら耐えられないなあ”と思いながら、通所サービスを利用されていたみなさんの様子をうかがっていました。広間の片隅の、みんなとは離れたところで、一人本を読んでいた利用者のことを今でも覚えています。みなさんは、デイサービスなどのような通所施設に来ている高齢者がどのように時間を過ごしているか知っていますか? ご自分の夫や妻、父母がどのような気持ちで過ごしているか想像できますか? 確かに、デイサービスに行きたくてたまらない、毎日楽しみにしているという高齢者がいることは事実だと思いますし、雀卓を囲んでいた高齢者達のように、実際そういう利用者に出会ったこともあります。そういう人は施設にいけばいいと思います。でもほとんどの高齢者は、毎日レクで歌を歌ったり、誰だか知らない人たちの隣でお茶を飲んだり、おしゃべりをして過ごしたいとは決して思っていないのではないのか? 恐らく通所サービスを利用するような存在となってしまったことは耐え難いことだと思っているのではないのか? 実習中に、一人離れて文庫本を読んでいたおばあさんをみながら、私はそのように感じていました。
高齢者たちは何もゲームや音楽などのエンターテイメントといった特別なことを決して毎日望んでいるわけではないと思います。多分、いつも通りの生活、日常をいつも通りにただ送りたいだけなのではないのか? それを実現することができなくなっている、あるいは、できなくなりつつあることが悲しいのであり、そこをなんとか実現できるように考えていくことが介護の仕事なのではないのか? 一番最初の施設実習の中で、通所サービスを利用されている多くの利用者の姿を観察しながら、介護保険制度が進めようとしていた高齢者介護に対して、強烈な違和感を覚えずにはいられませんでした。一番最初の施設実習のなかで覚えたこの違和感は、現在の私の介護観にもつながっているのではないかと思います。