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訪問介護事業所F(3)在宅での高齢者介護の現実、その困難さ

訪問介護事業所F(3)在宅での高齢者介護の現実、その困難さ

 

しかしその一方で、在宅で高齢者を介護することの深刻な困難さは、やっぱり厳然として私たちの前には存在していると思います。それらが解決されなければ、私たちの子孫の前にはさらなる困難が待ち受けることになるでしょう。例えば、独居の高齢者が一人で地域の中で生活することの困難さを想像してみてください。街中での移動一つとってみても、一人で横断歩道や踏切を渡っている高齢者を見かけたときに、歩みがとてもゆっくりなので、渡りきれないのではないかとハラハラとさせられる場面に何度か出くわしたことがあるのではないかと思います。私の場合、幸い目の前で事故が起きたことはありませんが、でも正直なところ、今後このような事故が多くなっていくのではないかと心配になります。私の母方の祖母は、病院で寝たきりだった祖父が亡くなってしまってからは、長い間一人で暮らしていましたが、膝が悪かったこともあり、外出もあまり思うようにできませんでした。晩年の頃には、まだ介護保険制度による訪問介護のような介護サービスがなかったため、買い物や食事の準備も大変だったのではないかと思います。やっぱり、高齢者の一人暮らしでは、食事や栄養の管理、服薬の管理が問題になってくるのではないかと思います。

 

 このような独居の高齢者が比較的お元気であり、認知機能も問題がなければ、訪問介護などを有効に使えば、住み慣れた地域での独居生活も、あるいは可能かもしれません。しかし、高齢になればなるほど、大なり小なり認知機能も衰えてくるものでしょうし、はっきりと認知症なのではないかと思われるような高齢者の場合には、ほとんど独居は不可能なのではないかと思わざるをえません。やはり、食事や服薬の管理は、認知機能が衰えてきた高齢者の場合には、単独では難しくなってくると思います。たとえ認知症という診断がついていなかったとしても、かなり高齢ということで、認知機能があやしいのではないかと思われるような独居の利用者の場合には、その利用者の冷蔵庫の中や台所を拝見させていただいて、とても悲しくなってしまうようなことが、私の訪問介護ヘルパーとしての経験を振り返ってみても多々ありました。例えば、冷蔵室に置かれた、溶けてしまったカップ入りのかき氷(つまり、ただの砂糖水)、干からびた肉、台所に残されている、前のヘルパーが作っていった料理、といったものが、訪問するたびに目に入ってくるわけです。そのような、いわば食事に偏りのある高齢者であれば、ほとんどの方は持病をお持ちでしょうし、その場合には服薬が問題になってきます。このような高齢者では、服薬を遵守してもらうことは、やっぱり命に関わるとても重要な問題でしたし、決まったときに決まった量の薬を服用してもらうことは、訪問介護ヘルパーとして、とても大きな任務でした。これらの問題を考えると、認知症となってしまった高齢者が、独居の身で、地域で“健康的に”暮らしていくことは、現在のシステムでは、ほとんど不可能に近いのではないかと思わざるを得ませんでした。

 

このように、認知症になってしまった高齢者の介護の場合には、長い間一緒に暮らしてきた奥さんや夫、あるいは子供のような安心できるご家族が、一人だけでも絶えず周りにいる必要があるのではないかというのが、私の訪問介護ヘルパーでの経験から導かれた教訓です。しかし、例えば、介護をする側と介護をされる側がともに高齢者である場合、そこにも多くの困難が横たわっています。在宅での介護が高齢の夫婦間で行われる老老介護、あるいは、さらに高齢となって、お互いに認知機能も衰えてしまっている夫婦間で行われる認認介護など、高齢者夫婦が介護をしながら地域で生活することの大変さは、社会問題にもなっているでしょうし、介護にまつわる痛ましい事件もこれまでたびたび報道されてきました。高齢者夫婦の間ではもちろん、息子やお嫁さんのような家族が、認知症の高齢者を在宅で介護する場合でさえも、多くの困難に満ちていると思います。有料老人ホームに入所した私の父方の祖母は、入所する前は、私の両親による介護を受けながら在宅で暮らしてきましたが、幻聴や幻覚を特徴とするレビー小体型認知症だったこともあり、絶えず心配や不安を感じていたようで、物を取られた、お金を盗まれたといったような物盗られ妄想や、私の母親との間で取っ組み合いになったり、杖で殴りかかってこられたりする暴力や暴言、夜間には起きだし、徘徊など、いわゆる認知症の周辺症状に悩まされることが多かったそうです。認知症はあくまでも病気であり、それをしっかりと認識できていれば、殴りかかってくる認知症高齢者に対しても、それなりに適切な対応ができるのではないかと思いますが、私たちも、祖母が認知症だったとは思ってもいませんでしたし、また慣れないうちは、こちらも驚き戸惑うことも多く、なかなかうまく対応することができませんでした。認知症高齢者を介護する側にも、あらかじめ確固とした情報が与えられているのといないのとでは、やっぱりその対応に差が出てしまうものなのではないかと思います。

 

 訪問介護ヘルパーとして、実際に高齢利用者のご自宅にうかがい、在宅での介護を経験させていただいてきました。高齢者が、いつまでも住み慣れた街で暮らしていくということは、確かに理想的ではありますが、やはり多くの困難に満ちているとも思っています。特に認知症高齢者の場合には、独居の状態で“健康的に”地域で暮らしていくことは不可能に近いと思います。身寄りのない独居の認知症高齢者が健康的に生活していくためには、施設などに入所せざるをえないのかなあというのが、現段階での率直な感想です。