認知症対応型グループホームE(7)辞めた理由
私が都心にあるグループホームで働いていた時に、こんなことがありました。就寝時間が近づき、ある利用者のおばあさんの布団にカバーをつけるという状況だったと思います。ホームの方針、特にフロア・リーダーの意向が強かったと思いましたが、できる能力がある利用者にはすべて利用者にやってもらうということで、この時も、利用者に一人でやってもらってくださいと言われながら、リーダーから布団カバーを渡されたのではなかったかと思います。でも、実際のところ、認知症の高齢者であれば、その日その時の状態によって、できる時とできない時があるわけですし、できないときには、一緒におしゃべりでもしながら、楽しく二人で布団カバーをかけてもいいのではないかと、私自身は考えていました。でも、少なくともフロア・リーダーはそうは考えていなかったようです。この時この利用者のおばあさんは、わからない、できないと言われたので、この利用者の方と二人で布団カバーをつけていたところ、この現場をフロア・リーダーに目撃されてしまい、あとで厳しく注意を受けることになりました。私がそれまでにもたびたび、利用者の方と一緒になって家事を行っていたことも気に入らなかったようです。利用者の能力を私が奪ってしまっているということでした。
もちろん、できる能力がある利用者ならば、できる限り利用者の方に行ってもらうのが望ましいとは思います。でも、例えば、半身が不自由な人に、本人はできるからといって、自分自身でシャツを着てもらうとしても、もし着るだけで30分もかかってしまうのであれば、職員も手伝いながら、5分くらいで着ていただいて、残りの25分間で、もっと楽しいことに時間を使った方がいいのではないのかとも正直思っていました。なので、何がなんでも、利用者の方々に自分でやってもらおうとしていたフロア・リーダーの方針が、確かに理想的だとは思いましたが、利用者にとっても、そこで働いていた職員にとっても、だんだんとつらくなっているように感じられました。私自身は、もっと職員と利用者が一緒になって、おしゃべりでもしながら楽しくやってもいいのではないかと感じていました。たとえ利用者から、その能力を発揮する機会を一部奪うことになったとしてもです。フロアのテーブルで、利用者の皆さんが、洗濯物をせっせとたたんでいるのを見て、なんだか作業場みたいだと思ったこともあります。利用者の間で、洗濯物早たたみ競争でもしているかのような印象でした。正直、フロア・リーダーはこんなことを目指していたのかと思いました。
日常生活を送るうえでの機能訓練や、利用者の地域での生活を考慮した支援を、認知症高齢者の介護を行うなかで重視するという方針は、とても理解できることですし、私自身共感するところでもあります。利用者のできること、やれることをいつまでも維持することは、利用者にとっても、自尊心や自信を持ち続けるために望ましいことだろうと思います。でも、利用者が、どうやったらいいかわからないといって涙を流しているのに、実際に本人はできる能力があるからといって、本人にすべてやらせようとすることが良いことなのか? 恐らく、介護職員としては失格だったとは思いますが、私よりもかなり高齢である利用者に対して、何かをしてくださいということには正直違和感を感じていましたし、どうしても、一緒に何かをしませんかというスタンスを崩すことはできませんでした。職員として何かをすることは、利用者の活動の機会を奪ってしまうことにつながることも、理解することができます。なので、正直なところ、私はどちらがいいのかわかりませんでした。
このグループホームで働き始めてから、高齢者の福祉について、わずかばかり専門的に勉強してみたいと思うようになったこともあり、住んでいた実家から比較的近くにあった福祉系の大学の精神保健福祉士養成課程で、グループホームで働きながら学習するようになっていました。前の方でも述べたように、高齢者の福祉・介護に対して、このままで良いのかという疑念がありましたし、特に認知症高齢者が幸せに暮らせるような社会とはどのような社会であるのか、といったことを、もう少しだけ深く掘り下げたところで考えてみたいとも思い始めていました。そこで、介護の現場からは一旦離れて、通信課程で福祉を学びながら、高齢者介護についてもう一度真剣に勉強してみたいと思い、この認知症対応型グループホームを辞めることにしました。2011(平成23)年7月から、2013(平成25)年3月までの1年9か月の間、お世話になったことになります。最後の日には、さすがに涙が出てきて困りましたが、でもその分一生懸命勉強することを利用者の方々に誓って、このグループホームを後にしました。
このグループホームで働かせていただいていた間に、本当に多くのことを学ばせていただくことができました。もちろん、楽しい思い出もありましたが、やはり高齢者介護の現実を突きつけられることも多かったと思います。良いこと、悪いこと、全て含めて、とても勉強になりました。入所されていた利用者の方々をはじめ、お世話になった皆様に、改めて感謝いたします。どうもありがとうございました。 三代