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ショートステイB(3)妻を探し続ける利用者

ショートステイB(3)妻を探し続ける利用者

 

 いわゆるショートステイと呼ばれる介護サービスは、介護保険法の中では「短期入所生活介護」として定義されているサービスです。要介護者の、在宅での自立した生活を支援するためのサービスであることはもちろんですが、在宅で介護している家族介護者の負担感を軽減し、介護の拘束感から解放する家族介護者のための支援という側面も有しています。例えば、病気や冠婚葬祭、学校などの公的な行事に参加しなければならないといった場合、在宅で介護することが一時的に困難になるため、要介護者を一時的にショートステイに短期間入所してもらうことで、家族介護者の社会的な目的を果たすことが可能になります。このような社会的な理由はもちろんですが、家族介護者の休養ですとか、旅行などといった私的な理由でのショートステイの利用も、もちろん可能です

 

 このように述べてみると、確かにショートステイは、要介護者にとっても家族介護者にとっても良いところばかりのように思われますが、3か月という非常に短期間とはいえ、私が実際にショートステイで働いてみると、ショートステイは職場としてとても過酷だと思いました。私はこれまで、介護付き有料老人ホーム、認知症対応型グループホーム、訪問介護ヘルパー、お泊まりデイサービスといった介護サービスを提供していた様々な介護事業所で仕事をしてきましたが、正直、ショートステイが一番きつかったと思います。もちろん、職員が少ないため、給料が高くなった分、仕事の量もそれだけ多くなり大変だったということもありましたが、それ以上に、認知症の傾向がある利用者に対する夜間の対応が、とても過酷だったためです。以下において、少し考察してみたいと思います。

 

 認知症対応型グループホームで勤務していた時もそうでしたが、認知症の方は、施設において、なぜ自分が今この場にいるのか、わかっていない場合が多かったように思います。何らかの理由で、今この場に連れてこられているのだけれども、時間が来れば、やがて家族が迎えにきてくれて、自分のうちに帰ることができると信じ切っている方がほとんどだったのだろうと思います。だから、何回も何回も、まだここにいていいのかと繰り返し尋ねてきたり、うちに帰ると言って、外に出て行こうとしたりするのだろうと思います。特に、認知症になると、環境の変化を受け止めることが難しくなり、自分が今どこにいるかわからなくなってしまうと、不安や混乱状態に陥ってしまい、怒りやすくなってしまったり、暴言を吐いたり暴力をふるってしまったりといった、いわゆる周辺症状と呼ばれる、介護者にとっては精神的にも肉体的にも大きな負担が課されてしまう状況へと発展してしまうことが多くなってしまいます

 

 このショートステイで夜勤をしていた時にも、このような認知症の傾向が強い利用者の方が何人か利用されていました。ある男性の利用者は、夜間に奥さんのことを探しだされて、「どこにいるんだ、出せよ」と言って、他の利用者の方が利用されていた部屋のドアを一つ一つ開けて確かめようとされたことがありました。もちろん、他の利用者の方々は、もうお休みになっており、そんなことされると迷惑な話なので、止むを得ず、「あちらの方で見かけましたよ」と言って、その男性利用者の注意を他所に向け、あとは狭いフロアの中を、さもたまたま出会ったかのようにして、「向こうで会いました」だとか、「さっきあちらにいましたよ」などと言い続けながら、この利用者の方の気が済むまで歩いてもらおうということになりました。いい加減疲れただろうと思っていても、本当に、いつまでも歩き続けているのです。しかしさすがに疲れ果てただろうと思った頃を見計らって、ベッドで休むように誘導し、横になってもらうことが、度々ありました。恐らく本人も疲れ果てているので、グッスリと眠ってしまうことになるのですが、それでも、その利用者の方の執念と言いますか、奥さんを探し出そうとする強い思いを感じざるを得ませんでした。でも、私も同じような立場だったとしたら、この男性利用者の方と同じようなことをしてしまうのだろうと思います。人間の情といいますか、情念のようなものなのだろうと思います。他の利用者の方々に迷惑をかけないための“嘘も方便”とはいえ、この利用者の方の気持ちも理解できるので、介護職としては身につまされるような思いが残りました。

 

ショートステイの場合、認知症の傾向がある利用者の方々にとって、住み慣れた自分の家から、あまり見たこともない(すでに忘れてしまった)施設に慣れるまでにも時間がかかりますし、施設に慣れたと思う頃には帰宅することになるのだろうと思います。なので、ショートステイをたびたび利用される高齢者、特に認知症の傾向がある利用者にとっては、不安定な環境が頻繁にもたらされることになり、家族介護者や介護職員にとっては、かなり過酷な介護状況がもたらされることになってしまうのかもしれません。このようなことも一理あってか、介護職員として勤務したこれまでの職場の中では、一番凄惨とすら感じることになりました。これも高齢者介護のきれいごとばかりではない現実なのだろうと思います。