祖父母から寄与を引き出すこと(7)高齢者が置かれている現状
本研究では、年老いた親を介護するうえで高いコストが存在するとしても、高齢者からの次世代に対する援助の利益が、年老いた親を介護するという行動が集団内に維持されるためだけでなく、集団が増加するためにも不可欠であることを示唆しています。もしこれが真であるとするならば、高齢者からできるだけ次世代に対する高い援助の利益を導き出すことができるような状況を、集団の高齢化が徐々に進行しつつある我が国で作り出すことができた、あるいは作り出すような努力がなされてきたといえるでしょうか? 例えば日本では、独居で暮らしている単独世帯の65歳以上の女性の割合は今後も増加し続け、2040年には65歳以上の高齢女性のうち、およそ4人に1人は独居で暮らしていると予想されています。このように、日本の高齢者は、たとえ若い世代に寄与したいと願っているとしても、その多くは独居に近い状態で暮らしているのでしょうから、その子供や孫に寄与することができない状況に置かれているのであり、祖母仮説が想定しているような、次世代に寄与している状況に反しているといえるのではないかと思います。このような、祖母仮説から期待されるような高齢者からの次世代に対する援助効果の利益がなく、高齢者を介護することによる高いコストのみを若い世代が受け続けるならば、高齢者介護という行動だけでなく、高齢者介護の高いコストに見合うだけの高いレベルの乳幼児の養育もまた集団から排除されてしまうでしょうし、その結果として、集団はさらに減少するとともに、社会的状況はさらに悪化してしまうという、いわば3重の困難に取り巻かれた状況がもたらされてしまうかもしれません。
祖母仮説によれば、高齢者の繁殖を終えた後の延長されたライフ・スパンは、自分自身の子孫の繁殖成功に寄与することで、自分の子孫(遺伝子)の次世代への寄与を増加させることができるならば、進化遺伝学的に有利となりえます。それゆえ、大まかに言ってしまえば、繁殖を終えた後の長いライフ・スパンを伴う高齢者が存在し、異なるエイジ・グループの間で広範な社会的相互作用が行われる人間のような種では、高齢者、特に祖母は、自分の子孫の繁殖成功に寄与するように進化してきたともいえるのではないでしょうか。つまり、祖父母は、自分の子供の子供である乳幼児の孫の世話や、育児で忙しい子供夫婦に代わって家事の支援をすることで、若者の繁殖に寄与するように進化してきたのではないか、ということです。この進化過程において、繁殖を停止した後の祖父母としての次世代への寄与は、人間のエイジングのプロセスにも影響をもっていたと考えられ、出産の遅延や孤立した核家族が特徴的である現代の人間集団においては、いくつかの深刻な懸念が提起されています。例えば、認知症対応型グループホームの居住者を考えてみた場合、私の介護職やケアマネとしての経験に照らしてみても、特に認知症を患っている女性は、料理や掃除などのような家事をする能力を比較的長い間保持し続ける場合が多いと思いますが、このような家事仕事を介した次世代への寄与が高齢者のエイジングのプロセスに影響を与えてきた可能性を考えると、これは祖母仮説からもあるいは予測されることなのかもしれません。加えて、祖父母としての寄与と高齢者の健康・福利との間には連関が見いだされており、少なくとも高齢者個体間において、能動的な祖父母による子供たちの養育は、改善された健康や主観的な幸福感と連関があるとのことでした。また、当然のことながら、年をとるにつれて健康や体の状態が悪くなっていきますが、積極的な孫の養育は、祖父母の健康や幸福感の経時的な低下とは、少なくとも連関がないとのことでした。それゆえ、現在および将来到来することが予測されている、自分たちのより若い世代に対して寄与することができないという日本の高齢者が置かれている状況は、長い長い進化の過程で人間が適応してきた社会的環境とは異なるものかもしれず、高齢者にとっては長い進化の過程で獲得してきたであろう、若い世代に対して寄与するという自然本性を発揮することができない、いわば病的な状況であると言えるのかもしれません。
(続く)