これから(1)高校を中退するということ
私はこれまで、主に自分が行ってきた研究生活を中心に、自分自身の、いわば半生を振り返ってきたわけですが、ただ漠然とそんなことをしてきたわけではありません。もちろん、自分が過ごしてきた人生について、伝えたいと思っていた対象を頭の中に想定してはいました。まあ、話し相手といいますか、想定していた相手に語りかけているつもりで、これまで長々と書き連ねてきました。学習塾で時間講師としてアルバイトをしていたことがありましたが、これまで教えてきた小学生、中学生や高校生を頭に思い描きながら、彼らに伝えたかったけれども、忙しくて時間がなく、伝えられなかったことを主に書いてきたつもりです。特に、はじめにのところでも密やかに匂わせていたつもりだったのですが、できれば、高校を中退してしまった、高校を辞めたいと思っている、もう中学が嫌で高校になんて行きたくないと思っている、けれども、大学で好きな勉強がしたい、大学院で好きな研究がしたい、あるいは、海外の大学に留学して、アメリカで好きな勉強を追求したいと思っている、そんな若い人たちに刺さればいいなあと思って、これまで書き連ねてきました。
私が高校を中退してから、もうすでに35年近く時間が過ぎ去ってしまっていました。当時のことを思い出すと、おかしな話ですが、本当に胸が締め付けられるように苦しくなります。私もすでに50歳を過ぎ、日々能力の衰えと戦っています。もう忘れてしまったことも多く、これからさらに忘れていってしまうことだろうと思います。私は、認知症高齢者の介護施設で介護職として働いてきたことがあるので、記憶をなくしていくことの寂しさを、施設の利用者の姿を通して感じることも多々ありました。しかしその一方で、記憶をなくしてしまうことに対する備えをしていけば、まあ、それなりになんとかやっていけることもあるのではないかと思いました。記憶があるうちに、それをまとめておくことは、その一つの手段なのではないかと思います。なので、忘れないうちに、高校を辞めたいと思っている、もしくは、高校を辞めてしまった、けれども、自分が好きな勉強を大学や大学院で追求したい、でもどうしたらいいかわからないと思っている若者に書き残しておこうと思ったのでした。
私のこれまでの人生を振り返ったときに、高校を中退してしまったことは、やっぱり、それなりに自分にとって大きなイベントだったと思います。高校に通い続けて、何か将来に対する展望が開けるという見通しもたたず、そうかといって、高校を中退してしまって、その先に何が待ち受けているのか、もっと見通しが立ちませんでした。もちろん、大学に行って勉強するんだという意思は人一倍持っていたと思いますが、でもそれは、実際に大学に進学し、以後自分がやりたい研究を追求することができた今だから言えることであって、本当に当時から、そんなに自信満々でやってきたということはなかったと思います。実際、京大農学部の合格(不合格)発表の電報を受け取って、封を開けたときには、冗談みたいですが、本当に手が震えてしまい、周りに家族がいたので、とても恥ずかしかったのですが、でもやっぱり、毎日、とても緊張といいますか、不安の中で勉強してきたのだろうと思います。
もちろん、高校を辞めてしまったという自分の選択を、他の人たち、とくに若者たちに誇るつもりも、ましてや押し付けるつもりもまったくありません。まあ、自分は高校を中退してしまったことを全く悔いてはいませんし、むしろよかったと思っているくらいですが、でも、周りからは面倒くさい奴だ思われてきたでしょうし、自分自身も面倒な奴だと思っています。結果論ですが、50歳過ぎても結局研究職を見つけられずに(有限責任事業組合 進化・高齢集団研究社を設立した経緯については、拙著『高齢者介護の進化遺伝学 なぜ私たちは年老いた親を介護するのか?』をご参照ください)、奥さんや子供もいないのですから(もちろん逃げられて離婚したわけではなく、20年以上女の子とデートなどしたこともないのですから、一回も結婚などしたことはありません)、高校を中退したことがその原因のすべてではないとしても、少なくともその一部ではあるでしょう。なので、今第一志望の学校に入学することを目標に勉強に励んでいる中学生や高校生に対して、高校になんて行かなくてもいいなどと、軽はずみに勧めることはできないと思います。ですが、高校時代の私のように、高校に通い続けることにも、高校を中退することにも、どちらにも活路が見いだせず、身動きが取れなくなって困っている若者がいたとしたら、高校をやめて自分がやりたい勉強を自分自身で勉強するという選択肢があるということは、知っておいてもらってもいいのかなあと思います。決してやさしいことだったとは思いませんが、それでも、これまで書き連ねてきたように、多くの人たちに支えられて、私でも右往左往しながらなんとかこれまでやってこれたのですから、まあ、選択肢の一つとして、ぜひ心に留めておいてもらえたらいいなあと思っています。
(一部以前のブログを再掲しています)