翻訳作業 後期第29日目

翻訳作業 後期第29日目

 

本日から新たな節に入ります。今までの自分の研究や経験を踏まえた上で、自分の両親に対してどのような介護を実践していきたいと考えているのかということについて議論していきます。やがては、自分がどのような老年期を過ごしていきたいのかということにも繋がっていくのだろうと思います。私は本文の中で以下のように述べています。

 

両親の介護における私のテーマ

私は以前、まだ介護の必要のない高齢のご夫婦に対して、ご自身のご両親を介護していたときのことを回想していただきながら、ご自身に介護が必要になったときに、どのような生活を送りたいか、介護が必要になったとしても、どのように生きていきたいか、ということをインタビューしたことがあります(この一部の結果については、Miyo, 2020b [https://doi.org/10.18034/ajhal.v7i2.523 2021年4月20日アクセス] にまとめられています)。他者からの介護を必要とする将来を、リアリティーをもって思い描いてもらうために、ご両親を介護していたときのことを思い出してもらったのですが、たとえ他の人から介護などのサポートを必要とするようになったとしても、より良い老後を送るためには、自分自身だけでなく子供をはじめ家族の間で、どうすればいいか、何が必要かを、よく話し合っておくことが不可欠だろうと思います。そのためには、介護を必要とする自分自身の老後について、健康なうちからできるだけ具体的なイメージを持ちながら、子供をはじめとする家族みんなと話し合い、そのイメージを共有することが必要でしょう。(本文 p. 131)

 

以前にも述べたことがあったと思いますが、私が高齢者介護施設で働いていた時にも、こうしたら良いのではないか、こうしてあげたいなあと思うことがいくらでもありました。しかし、実際にそれらを実行に移すことは、なかなかできなかったと思います。一つは、職員の数が足りない中で、思うような介護ができなかったということもあったと思いますが、何よりも、自分の身内ではないこともあり、ご家族のご意向やご本人の意思を考えると、なかなか実行に移すことが難しかったということがあったと思います。高齢者介護施設での介護では、私には乗り越えることができない壁が、どうしても存在していたと思います。ですから、私にとっては、自分のこれまでの研究や経験から得られた知見や洞察に基づいて介護を行う真の機会というのは、自分の両親の介護における2度の機会しか存在しないということなのだろうと思います。というわけで、上述の日本文に対して、以下のように英訳しました。

 

My theme in the care for my parents

While asking an elderly couple who were not currently in need of nursing care to reflect on the time when they were caring for their own parents, I once conducted an interview with them. I inquired about the kind of life they would envision for themselves when they eventually required nursing care and how they hoped to live during that period (for a part of the results, please refer to Miyo, 2020b [https://doi.org/10.18034/ajhal.v7i2.523 [accessed April 20, 2021]). In order to realistically envision a future in which they would need care from others, I asked them to recall the time when they were caring for their own parents. Even if we need support such as nursing care from others, in order to have a better quality of life in our later years, I believe it is essential to engage in thoughtful discussion amongst not only ourselves but also our children and other family members regarding what we should do and what would be necessary. To achieve this, it is necessary to form as concrete an image as possible of our own later lives when we might need nursing care, while we are still healthy, discuss it with our children and other family members, and share our thoughts openly.

 

年老いた親を介護するという人間の自然本性にも関わる行動や現象を、私が真の意味で考察できる機会というのは、自分の両親の介護における2度の機会しかないわけです。私は、高齢者介護施設で働いてきた中で、家に帰りたいと言っていた施設利用の高齢者を何人も見てきました。そのような高齢者を見るたびに、彼らの希望を叶えることはできないのかと思ったものです。行きたくないのに無理に行かせなければいけないのか、帰りたいのに無理やり押し留めておかなければならないのか、介護施設に入所するより他に道はないのか…。私は両親を介護していく中で、このようなことを考え、問いかけていきたいと思います。  三代