5月12日に、萩往還マラニックをなんとか完走したのですが、マラニックが終わったあとすぐに帰京せずに、次の日の13日に萩を訪れて、夜東京に帰ることにしていました。マラニックのスタートとゴールは山口市内の湯田温泉付近だったので、山口市内のネットカフェを宿としながら、ボロボロになった体を休めつつ、今から思えば、少し不思議な気もするのですが、マラニック当日の嵐のような悪天候とはうってかわって爽やかに晴れ渡り、なんとか自分の体も動いたので、次の日に萩までバスで移動して、松陰神社をはじめ、吉田松陰にゆかりのあるところを訪ねてきました。 私は吉田松陰の事がとても大好きで、いつか萩の地を訪れたいとずっと思い続けていました。私の数少ない念願と言いますか、悲願の一つだったと思いますが、高齢である両親がともに元気な今しか、長州・萩を訪れる機会はないと思い、このチャンスに山口県まで足を伸ばすことにしました。 私のような、アルバイトをしながら日々をなんとかしのぎながら生きている身としては、ウルトラマラソンに参加するために飛行機を使っていくのは、金額的に結構勇気がいることだったのですが、吉田松陰に会いに萩まで行くことができると思うと、ここは奮起して頑張っていってみようということにしました。ウルトラマラソンも、萩を訪れるということも、それぞれ単独では、私にとってはなかなか勇気がいることでしたが、2つのイベントを同時に実現できるということで、この際奮起してみることにしました。 私が吉田松陰のことを本格的に意識するようになったのは、今から15年ほど前に台湾から帰国して、研究職を見つけられずに右往左往していた時に、吉田松陰の著書である『留魂録』を読んだ事がきっかけだったと思います。自分の進路が定まらず、不安の中で喘いでいた時に出会ったのが吉田松陰だったと思います。(続く)